改正民法勉強室

祝田法律事務所の所属弁護士が、所内で行っている改正民法の勉強会の資料をアップしていきます。

改正民法ブログ 第1回 【代理】

 祝田法律事務所所属の弁護士が、2020年4月1日施行の改正民法に関する実務上の注意点、ポイントを順次、解説していきます。
 今回は、「代理」に関する改正の中から、代理権の濫用について定めた107条についてご説明します。

1 条文

第107条 (代理権の濫用)

 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

 

2 代理権の濫用の効果

 代理権の濫用は、例えば、本人Yの代理人としての正当な権限を有する者Aが、売買の目的物を横領する目的で、Y代理人として、XからX所有の物を購入した場合などが典型例として挙げられます。
 このような場合、相手方Xは、本人Yに対して代金請求ができるでしょうか。

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 この場合、Aは、代理人として正当な購入権限を有していることから、売買の効果は本人Yに帰属し、Xは、Yに対して代金請求を行うことができるのが原則です。
 もっとも、このようなケースにおいて、相手方Xが代理人Aの意図を知っていたような場合には、Xを保護する必要性はありません。
 そこで、判例最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)は、「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする」としました。
 つまり、代理権の濫用は、心裡留保に類似することから、心裡留保に関する民法93条ただし書を類推適用して、上記の例の場合、相手方Xが、代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合は、売買は無効となり、Xは、Yに対して代金請求ができないとしました。

 現行法には、代理権の濫用について定めた条文はありませんでしたが、改正法は、上記の判例法理を明文化したものといえます。
 もっとも、上記判例によれば、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失である場合の効果は、民法93条ただし書によって“無効”になることに対して、改正法では、“無権代理”とみなされていますので、この点は、上記の判例法理からの変更点です。
 その結果、改正法の下では、本人Yは、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合でも、濫用行為を追認して、その効果を自らに帰属させることができることになりました(改正法113条)。本人があえて濫用行為を追認するというのは想定しにくいですが、例えば、事後的に濫用の状況が是正される等して、結果的に濫用行為が本人に有利になったような場合には、本人はこれを追認して、自らに効果帰属させることができるということで、本人の選択肢が広がったといえるでしょう。
 また、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合であって、かつ、本人Yによる追認がなされない場合、相手方Xは、代理人Aに対して、履行請求又は損害賠償請求を行うことができる(改正法117条)ことになりました(ただし、相手方が代理権の濫用について悪意であった場合、無権代理人の責任追及はできません(同条2項1号)。)。現行法の下では、代理人に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)か、不当利得返還請求(民法703条)を行うことになりますが、改正法の下では、これに加えて、改正法117条に基づく履行請求又は同条に基づく損害賠償請求も可能となります。改正法117条に基づく無権代理人の責任は無過失責任であるため、相手方としても、被害回復の選択肢が広がったといえるでしょう。

 なお、上記判例が、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失の場合に無効としたことに対しては、軽過失でも無効となりうることは取引の安全を害するとして、改正に当たって、無権代理となる場合について「悪意又は重過失」とすることも検討されましたが、最終的には、上記判例法理に合わせることとなりました。この点については、過失の認定・評価を通じて柔軟な解決を図ることが可能であるとの指摘を踏まえたものと説明されていますが、「今後の実務においては、同条の過失は限りなく重過失に近いものとして解釈されるべきである」(日本弁護士連合会編著『実務解説改正債権法』38頁(弘文堂、2017))、「裁判所は、あまり広く過失を認めるべきではない」(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』431頁(有斐閣、2017))との指摘がなされています。

3 代表権の濫用

 代理権の濫用ではなく、会社の代表取締役などの代表者が代表権を濫用した場合(例えば、借り入れた金銭を着服する目的で代表者として借入れをした場合など)についても、判例最判昭和38年9月5日民集17巻8号909頁)は、「株式会社の代表取締役が、自己の利益のため表面上会社の代表者として法律行為をなした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知りまたは知り得べきものであつたときは、民法九三条但書の規定を類推し、右の法律行為はその効力を生じない」とし、代理権の濫用と同一の扱いとしていました。
 そのため、改正後は、代表権の濫用についても、改正法107条が適用され、相手方が代表者の濫用の意図について悪意又は有過失である場合には、無権代理とみなされることなります。
 なお、代表権の濫用の場合、濫用の意図について悪意又は有過失である相手方であっても、重過失ではない場合には(最判昭和44年11月21日判時577号65頁等)、別途、会社に対して会社法350条に基づく損害賠償請求を行う余地があることに注意が必要です。なぜなら、代表権の濫用によって相手方に損害を与えた場合、代表者には民法709条に基づく不法行為が成立する場合が多く、その場合、会社には、会社法350条の責任が生じ得るからです。

(弁護士 西岡 祐介)