改正民法勉強室

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民法改正ブログ 第2回 【法律行為の無効及び取消し】

 今回は、「法律行為の無効及び取消し」に関する改正の中から、法律行為が無効とされた場合における給付の返還義務の範囲について定めた改正民法121条の2についてご説明します。

1 条文

第121条の2(原状回復の義務)

1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

 

2 事例

 Xが、Yとの間で中古車を売却する売買契約を締結し、Yに対して中古車を引き渡し、Yから売買代金を受領しました。その後、Xは錯誤を理由に当該売買契約を取り消そうとしましたが(改正民法95条1項。改正民法は、錯誤を意思表示の取消事由としています。)、XがYに対して取消しの意思表示をした時点で、既に中古車は落雷によって大破し、廃車となっていました。
 この場合において、X及びYは、互いに対してどのような義務を負うでしょうか。

3 現行民法の規律及び改正の経緯

 ある法律行為が無効とされる場合(取り消されて無効となる場合を含みます。)、その法律行為に基づく給付を受けた当事者(以下「受益者」といいます。)は受けた給付を返還する義務を負います。この返還義務は不当利得返還義務の性質を有すると解されていますが、現行法下においては、具体的な返還義務の範囲について争いがありました。
 すなわち、不当利得の一般規定である民法703条及び704条は、善意の受益者が負う返還義務の範囲を現存利益(「その利益の存する限度」)に限定しているため、同条を素直に適用すれば、法律行為が無効であることについて善意の受益者は、受領した給付又はその代替物が現存する限度で返還義務を負うこととなります。
 の事例においては、Yは法律行為が無効であることについて善意であり、受領した給付である中古車は廃車となってしまってYに現存利益はないのですから、YはXに対して何らの返還義務を負わないこととなります。他方、XはYに対して売買代金を返還する義務を負います。
 しかし、主要な学説は、両当事者が互いに対価的な給付をしているのに一方のみが返還を免れるのは不公平である(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』35頁(注4)(商事法務、2018))、受益者が自ら支配する目的物の滅失の危険を相手方に転嫁させる理由はないなどとして(窪田充見ほか編『新注釈民法(15)債権(8)』118頁〔藤原正則〕(有斐閣、2017))、の事例の売買契約のように両当事者が互いに対価的な給付をする法律行為が無効とされた場合には、民法703条及び704条は適用されず、両当事者は、相手方を原状(給付がされる前の状態)に復させる義務を負うと主張してきました(窪田ほか・前掲119頁)。

4 改正の内容

 このような学説の主張を受け、改正民法121条の2は、法律行為が無効とされた場合の返還義務の範囲について以下のように定めました。

(1) 原則(改正民法121条の21項)
 
まず、第1項において、売買契約等の有償行為(当事者が互いに対価的な給付をする行為)が無効とされた場合においては、受益者は原状回復義務を負うことを定め、その善意悪意を問わず返還義務の範囲は、現存利益に限られないとしました。具体的には、受益者が現物を保持しているときは現物を返還すべきであり、滅失等により現物返還が不可能なときは当該現物の客観的価額を償還する義務を負うこととなります(『民法(債権関係)部会資料66A』36頁、四宮和夫=能見善久『民法総則』339頁(弘文堂、第9版、2018))。
 したがって、の事例においては、Yは甲の客観的価額をXに償還すべきこととなります。
 なお、第1項の適用対象が有償行為であることや、返還義務の範囲が現存利益に限定されないことは、第1項の文言のみからは必ずしも明らかではありませんが、次に述べる第2項の文言との対比から明らかです。

 

(2) 無償行為に基づく給付の返還義務についての特則(改正民法121条の22項)
 
 
第2項においては、贈与契約等の「無償行為」(当事者の一方のみが給付をし、他方が対価性を持つ給付をしない行為)が無効である場合における、無効・取消事由について善意の受益者の返還義務の範囲を「現に利益を受けている限度」(現存利益)に限定しています。
 このように返還義務の範囲を限定されたのは、無償行為が無効である場合には給付を受けた一方当事者のみが返還義務を負うことから、返還義務の範囲を現存利益に限定しても当事者間に不均衡が生ずるおそれはなく、また、有償行為の場合と異なり、反対給付の返還を受けることのできない善意の受益者に原状回復義務を課すことは酷であると考えられたためです。
 なお、民法703条について、返還義務の範囲が現存利益に限定されるためには、受益者は給付を受領した時点だけでなく利益が消滅した時点でも善意でなければならないと解されており(最三小判平成3年11月19日民集45巻8号1209頁)、この解釈は改正民法121条の2第2項についても妥当するものと考えられるため、注意が必要です。

 

(3) 意思能力者及び制限行為能力者の返還義務についての特則(改正民法121条の23項)

 
第3項は、意思無能力(改正民法3条の2により意思無能力者の行為は無効とされました。)又は制限行為能力を理由として法律行為が無効とされた場合における、意思無能力者及び制限行為能力者の返還義務の範囲を現存利益に限定しています。
 この条項は、意思無能力者が適用対象に加えられた点以外は、現行民法121条ただし書と異なりません。

5 その他関連する問題

  • 契約が解除された場合(民法545条2項)と異なり、法律行為が無効とされた場合における利息や果実の取扱いについては特段の規定がないため、この点は、改正民法でも、解釈に委ねられています。占有者の果実収取権を定める民法189条及び190条を適用することが考えられますが、これらの規定は取引関係のない所有者と占有者との間に適用される規定であるとして、全ての利息や果実を返還するべきとする見解(窪田・前掲105、106頁〔藤原正則〕)が有力です。

  • 現物返還が不能となった場合における客観的価額の算定基準時についても、返還請求時とする見解と、現物返還不能時とする見解が対立していますが、この点も解釈に委ねられています(後者の見解を取るものとして、窪田・前掲104頁〔藤原正則〕)。

  • 改正民法121条の2第1項は、不当利得の一般規定の特則であると解されているため、その更なる特則として民法708条(不法原因給付)が適用されます。したがって、例えば、相手方の詐欺や強迫によって契約を締結した被害者(受益者)が契約を取り消した場合、被害者(受益者)は相手方から交付された目的物について返還義務を負わないと解されます(筒井=村松・前掲36頁(注4))。

  • 改正民法と同時に施行される消費者契約法6条の2は、改正民法121条の2第1項の特則として、消費者契約上の債務の履行として給付を受けた消費者が、事業者の不実告知や断定的判断の提供等といった不適切な勧誘行為を理由に意思表示を取り消した場合(消費者契約法4条)、善意の消費者の返還義務の範囲は、現存利益に限られると規定しています。このような場合にまで消費者に原状回復義務を負わせることは、消費者契約法が消費者保護のために取消権を認めた趣旨を没却するおそれがあるためです(消費者庁消費者制度課編『逐条解説 消費者契約法』180~183頁(商事法務、第3版、2018))。

 

消費者契約法
第6条の2(取消権を行使した消費者の返還義務)
 民法第121条の2第1項の規定にかかわらず、消費者契約に基づく債務の履行として給付を受けた消費者は、第4条第1項から第4項までの規定により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消した場合において、給付を受けた当時その意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかったときは、当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

 

(弁護士 菅原 滉平)