改正民法勉強室

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民法改正ブログ 第7回 【多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く)】

1 序

 

 債権者と債務者が1:1ではなく、その一方が複数になる場合、当然のことながら法律関係は複雑になる。民法は「多数当事者の債権及び債務」としてこれを規律するが(改正前民法第3編第1章第3節)、債権者又は債務者が複数になる場合としてどのような類型があるのか、それぞれの法律関係はどうなるのかを定めており、さらに、複数のうち一部に生じた事由が他にどのような影響を及ぼすのかを定めている。ここで想定される事由は、弁済、請求、更改、相殺、免除、混同、時効などである。1人に対する弁済又は1人による弁済がどのような効果を生ずるかは、事柄の性質上自明であるが、その他の事由については、必ずしもそうではない。
 今般の民法改正では、この「多数当事者の債権及び債務」にも大幅に手が加えられている(改正後民法第3編第1章第3節)。しかし、形は改正でも、保証債務に関する箇所(同節第5款)を除けば(これについては、次回触れる予定である。)、かなりの部分は、各類型の概念の整理や従来の判例・有力説の明文化であり、実務にはほとんど影響がないとされているので、その1つ1つを細かく追っていくのは、費やす時間との関係で得るものが少ない。
 とはいえ、結論に大きな違いをもたらす重要な改正もあるので、それらについては実務上注意が必要である。以下では連帯債務において3つの事由(請求、免除、時効)の発生がどのような効力を生ずるかを取り上げ、改正の内容を設例の中で説明する。

 

2 改正民法の関連条文

 

 改正後民法第3編第1章第3節第4款「連帯債務」に関する条文は、以下のとおりである。

第436条(連帯債務者に対する履行の請求)
 債務の目的がその性質上可分である場合において、法令の規定又は当事者の意思表示によって数人が連帯して債務を負担するときは、債権者は、その連帯債務者の1人に対し、又は同時に若しくは順次に全ての連帯債務者に対し、全部又は一部の履行を請求することができる。

第437条(連帯債務者の1人についての法律行為の無効等)
 連帯債務者の1人について法律行為の無効又は取消しの原因があっても、他の連帯債務者の債務は、その効力を妨げられない。

第438条(連帯債務者の1人との間の更改)
 連帯債務者の1人と債権者との間に更改があったときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。

第439条(連帯債務者の1人による相殺等)

1 連帯債務者の1人が債権者に対して債権を有する場合において、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。

2  前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒ことができる。

第440条(連帯債務者の1人との間の混同)
 連帯債務者の1人と債権者との間に混同があったときは、その連帯債務者は、弁済をしたものとみなす。

第441条(相対的効力の原則)
 第438条、第439条第1項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の1人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、債権者及び他の連帯債務者の1人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。

 

3 設例と問題

 
 野心家の若者Bは、エスニック系の飲食店を経営して一儲けしようと思い付き、東京の某所に手頃なビルを見付けて2階を賃借することにした。裏通りではあるが人が多く集まるエリアなので、行列ができるほどの人気となって、利益がかなり上がるはずだと見込んだからである。Bは、事業の収入については、売上げが1日で30万円、休みの日を考慮しても月で750万円、年で9000万円と予測し、事業の支出については、開店までに、内装費1500万円、調度品500万円、そして敷金600万円、計2600万円、開店後は、月々の家賃100万円、人件費150万円、その他の経費100万円、月で小計350万円、年で計4200万円と予測した。
 Bは、開店までの支出と開店後安定するまでの当面の支出を賄うためには6000万円くらいの資金が必要になると試算した。そして、近隣に住む友人Cから、Cの親戚Aが小金を貯め込んでいると聞いていたのを思い出し、Cに対し上記飲食店をBと共同で経営する話を持ち掛け、Cを通じてAに資金の融通を頼み込んだ。Bは、上記予測の下、2年も営業すれば6000万円を返済するくらいの資金はすぐにできると胸算用した。そこで、返済の期限を2年後とし、利息はやや高めの年12%、BとCが連帯しての借入人となることでAとの借入契約を成立させた。そして、以上はBが主導したので、BとCの間の負担割合は2:1、すなわち、4000万円:2000万円とした。なお、毎年飲食店で上がる利益は、同じ割合である2:1で分配することにした。
 ところが、その後まもなく隣のビルの1階に同じくエスニック系の飲食店が開店し、BとCが共同経営する飲食店は、行列ができるどころか閑古鳥が鳴く始末となり、売上げだけでは運転資金も賄うことができない状態となって、2年も持たずに店を畳んだ。Bは、実家のある田舎に帰ってしまい、Cは、安定収入を得るために会社員になった。
 借入れが2年後に返済されなかったので、AはCに支払を催促したが、CはAに少し待ってくれ、利息も勘弁してほしい、と泣きついた。Aは、Cから泣きつかれて、支払の催促を見合わせ、利息も支払わなくてよいと認めた。なお、Bは、それらについて知らされていない。

 

 〔小問①〕

   Bは、Aに対し、利息(提訴時点で元本6000万円×年12%×7年6か月=5400万円)を支払う必要がないと主張できるか。

 

 こうして元本が返済されず利息すら支払われないまま返済期限から5年が経過しようとしていた。Aは、お金のことはきちんとすべきであり、Cが親戚だからといっていつまでも甘やかせないと考えて、知合いのベテラン弁護士Lに相談した。弁護士Lは、あと1週間放っておくと消滅時効が成立してしまうことに気付き、住所の分かっているCに直ちに請求の通知書を送った。弁護士Lはそれでひとまず安心し、Bに対しては半月くらいしてから住所を調べ請求の通知書を送った。
 それでもBとCから債務の履行がなかったので、弁護士Lは、Cに請求の通知書を送ってから6か月後に、Aを代理してBとCを相手に貸金返還請求訴訟を提起した。

 
 〔小問②〕

   Bは、Aに対し、自らの借入債務について消滅時効が成立したと主張できるか。

 〔小問③〕

   小問②でBがAに対しBの借入債務についての消滅時効の成立を主張できるとして、Cは、Aに対し、それを理由に自らの借入債務の支払を拒絶することができるか。

 
 Aは、親戚のCが可哀想になり、利息の支払の免除に続き元本の返済も6000万円全額について免除し、ただし、Bのような無思慮な人物を紹介したお詫びの印として1か月分の利息相当額60万円だけは支払わせることにして、Cと和解し、Cに対する訴訟を取り下げた。和解条項にはBとの関係がどうなるかは全く記載されていない。なお、Cは、和解に際し、それ以上1円も支払う必要がないよう確実にしておくために、弁護士に成り立ての知合いMに相談していた。
 AのBに対する訴訟は、なお係属している。 


 〔小問④〕

   Aは、Bに対し、依然として元本6000万円の返済を請求できるか。 


 〔小問⑤〕

   仮にBがAに対し元本6000万円を返済し、Cに対し元本に関するCの負担部分2000万円を求償した場合、Cは、この求償を拒絶することができるか。また、それを拒絶することができない場合、Cは、Aに対し2000万円の支払を請求できるか。
 

 〔小問⑥〕

   仮に和解条項にAのCに対する免除がBとの間でも効力を有する旨が記載されていた場合、以上の問いについて、答えは異なるか。Bがそれについて知らされていなかった場合はどうか。

 

4 解説

 各小問について、改正の前後で以下の違いがある。

 

(1) 小問①について

 改正法の下では、免除には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し利息(提訴時点で5400万円)を支払う必要がある。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cの負担部分4%の免除の効力はBにも及んだから、Bは12%相当額ではなく8%相当額(提訴時点で3600万円)を支払えば足りた(改正前民法第437条)。

 

(2) 小問②について

 改正法の下では、請求には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し自らの借入債務について消滅時効が成立したと主張できる。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cに対する請求の効力はBにも及んだから、CについてのみならずBについても消滅時効は中断し、BはAに対し消滅時効の成立を主張することができなかった(改正前民法第434条)。
 Aとしては、Bの消滅時効成立を防ぐために、借入契約の中でB又はCに対する請求は他の債務者に対しても効力がある(絶対的効力がある)旨を特約しておく必要があった(改正後民法第441条ただし書参照)。又は、弁護士Lは、Cに対して請求の通知書を送付したことで安心せず、Bに対してもできる限り速やかに請求の通知書を送付しておくべきであった。

 

(3) 小問③について

 改正法の下では、時効には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、CはAに対しBの借入債務についての消滅時効の成立を理由に自らの借入債務の履行を拒絶することができない。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cは、Bの負担部分4000万円の範囲で消滅時効の成立を主張できた(改正前民法第439条)(時効自体を援用できるかどうかはともかく、Aの請求を拒絶することはできた。)。

 

(4) 小問④について

 改正法の下では、免除には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し元本6000万円全額を支払う必要がある(Cの負担部分2000万円の支払を拒絶できない。)。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cの負担部分2000万円の免除の効力はBにも及んだから、Bは6000万円全額ではなく自らの負担部分4000万円を支払えば足りた(改正前民法第437条)。以上は、(1)に見たところと同様である。

 

(5) 小問⑤について

 もっとも、BはCに対しCの負担部分2000万円について求償できる。そして、CはBに対し求償を拒絶することができない(改正後民法第442条1項。改正前も結論は同じ。改正前民法第442条)(さらに、改正後民法第445条)。
 他方、CはAに対し2000万円の支払を請求することができない。明文の規定は存在しないが、この結論は異論ないものとされており、債権者(A)の通常の意思内容、債権者(A)が法律上の原因のない利益を取得したとは言えないことがその理由とされている(「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会、2017年)201頁)。

 

(6) 小問⑥について

 仮に和解条項にAのCに対する免除がBとの間でも効力を有する(絶対的効力がある)旨が記載されていた場合は(改正後民法第441条ただし書参照)、AはBに対し6000万円の支払を請求できない(BはAに対しCの負担部分2000万円の支払を拒絶できる。)。Bがそれについて知らされていなかった場合も同様である。「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会、2017年)200頁。弁護士Mとしては、和解条項中にそのような特約を設けることを提案すべきであった。

 

(7) 補足その1

 小問④において、Cは元本の返済を免除されても、Bによる求償権の行使を通して、結局は自らの負担部分2000万円を支払わされることになった。このことは、実は小問①の利息に関しても同様である。Cは、Aから利息の支払を免除されているが、仮にBがAに対して利息12%相当額を支払いCに対して求償権を行使すれば、結局は自らの負担部分4%相当額を支払わされることになる。

 

(8) 補足その2

 小問③の消滅時効に関しても、状況は同様である。Bは、Aに対しては消滅時効の成立を主張できても、仮にCがAに対して元本6000万円を返済しBに対して求償権を行使すれば、結局は自らの負担部分4000万円を支払わされることになる。


(弁護士 清水 俊彦)