改正民法勉強室

祝田法律事務所の所属弁護士が、所内で行っている改正民法の勉強会の資料をアップしていきます。

民法改正ブログ 第4回 【契約の解除、危険負担、受領遅滞】

今回は、「契約の解除」、「危険負担」、「受領遅滞」に関する改正について説明します。

第1 契約の解除についての改正

 契約の解除については、①契約の解除の要件、②原状回復義務の範囲及び③解除権の消滅について改正が行われました。

1 契約の解除の要件の改正

(1) 債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合でも契約の解除をできることとしたこと

  まず、個別の契約の解除の要件の改正について説明する前に、全体的な契約の解除の要件に関する改正について説明します。

第543条(債権者の責めに帰すべき事由による場合)

債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前2条の規定による解除をすることができない。

 

ア 改正点

改正法では、債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合にも契約の解除をすることができることとし、例外的に、債権者に帰責事由がある場合にのみ契約の解除をすることができないこととしました。

 

イ 説明

 現行法では、債務不履行があった場合でも債務者に帰責事由がないときは、債権者は契約の解除をすることができない(履行不能による解除については明文の定めがあります〔現行法543条〕)ものと解されていました。
 しかし、このように解すると、債権者は、天災等の不可抗力によって債務者において債務を履行する見込みが立っていない場合でも、契約を解除して他の取引先と契約をする等の対応に躊躇せざるを得ない事態が生じていることが指摘されていました。
 また、解除制度の意義は、債務の履行を怠った債務者に対する制裁ではなく、債権者を契約の拘束力から解放することにあると理解すれば、債務者に帰責事由があることは理論的にも解除のための必須の要件ではないと考えられます。
 そこで、改正法では、債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合でも、契約の解除をすることができることとされました。
 他方で、債務不履行について債権者に帰責事由がある場合にまで債権者を契約の拘束力から解放することを認めれば、債権者が故意に債務の履行を妨げて契約の拘束力から免れることが可能となってしまい、信義則・公平の観点から相当ではありません。そこで、改正法は、債権者に債務不履行について帰責事由がある場合には、例外的に、契約の解除をすることができないものとしました(改正法543条。なお、現行法543条ただし書は削除され、現行法543条本文において規定されていた内容は、改正法542条1項1号及び2項1号として定められています。)。

 

 なお、改正法においては、債務不履行についての帰責事由は、①債権者にある場合、②債務者にある場合及び③双方にない場合のいずれかであることを前提に整理されており、実際には、債務不履行についての帰責事由が双方にあるというケースも考えられますが、その場合でも、その原因や寄与の度合いに応じて、①~③のいずれかに振り分けることとされています(筒井健夫=村松秀樹『一問一答 民法(債権関係)改正』235頁(注3)〔商事法務、2018〕)。

 

(2) 催告による解除(催告解除)について、債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができないこととしたこと

第541条(催告による解除)

当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りではない。

 

ア 改正点

改正法では、現行法541条を維持した上、ただし書として、催告後相当期間経過時における債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができない旨の規定を加えました。

 

イ 説明

 現行法541条(履行遅滞等による解除。なお、改正法541条では、見出しが、「履行遅滞等による解除」から「催告による解除」と改正されました。)においては、債務不履行を理由とする契約の解除をするために必要な債務の不履行の程度を定める規定はありませんが、判例(大判昭和14年12月13日判決全集7輯4号10頁、最判昭和36年11月21日民集15巻10号2507頁等)は、不履行の部分がわずかな場合や契約の目的を達するために必須とは言えない付随的な義務の不履行の場合には、契約の解除を制限していました。
 そこで、改正法では、催告解除の要件を具体化する観点から、判例の基本的な考え方を前提に催告解除が制限される要件を明文化しました。
 具体的には、現行法541条に、ただし書として、催告後相当期間経過時における債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができない旨の規定を加えました。

 ◆「軽微」の判断方法について

 債務不履行が「軽微」であるかどうかは、解除の対象とされた「契約及び取引上の社会通念」に照らして判断するものとされており、契約書の文言のみならず当該契約に関する一切の事情をもとに、当該契約についての取引上の社会通念をも考慮して、総合的に判断されることになります。
 そのため、たとえば、ある製品の制作のために必要な部品を供給する契約において、債務者が納品した部品の数量の不足が僅かであったとしても、不足分が当該製品の制作のために必要不可欠な場合には、「契約及び取引上の社会通念」に照らして「軽微」とはいえないとされることもあり得ます(筒井=村松・前掲236頁(注1))。

 ◆「軽微」の判断基準時について

 債務不履行が「軽微」であるかどうかの判断基準時は、催告後相当期間経過時です。そのため、債権者が債務の履行を催告した時点の債務不履行の程度が軽微とは言えない場合でも、その後、債務者が一部履行をした等により、相当期間経過時には債務不履行の程度が軽微と判断される場合には、解除が認められないということも考えられます(日本弁護士連合会『実務解説 改正債権法』126頁〔弘文堂、2017〕。

 

 

(3) 催告によらない解除(無催告解除)について要件を整理したこと

第542条(催告によらない解除)

1 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。

 一 債務の全部の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。

 四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。

 五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。

 一 債務の一部の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 

ア 改正点

 改正法では、現行法で無催告解除が明文で認められている定期行為の履行遅滞による解除(現行法542条)及び履行不能による解除(同法543条)に加えて、債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき、債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき及びこれらのほか、債務者が債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるときにも、無催告で契約の全部の解除をすることができることとしました。
 また、債務の一部の履行が不能であるとき及び債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときには、無催告で契約の一部の解除をすることができることとしました。

 

イ 説明

 現行法では、債務不履行による契約の解除については、原則として催告を要するとしたうえで、定期行為の履行遅滞(現行法542条)及び履行不能(現行法543条)の場合のみ、明文で催告を要しないとしていました。
 これは、催告により改めて債務者に履行の機会を与えても、債務者は履行をすることができないか、債務者が履行をしても契約の目的を達成されることがないという趣旨によるものですが、このような趣旨に鑑みれば、現行法に明文の定めがある場合のみならず、債務者に履行の機会を与えても無意味な場合には、無催告解除を認めるのが合理的です。
 そこで、改正法では、無催告解除の要件を整理し、以下のとおり、定期行為の履行遅滞(改正法542条1項4号)及び履行不能(同項1号)の場合のみならず、無催告解除が認められる場合を具体的に定めました。

 ①債務の全部の履行が不能であるとき(改正法542条1項1号)。

 ②債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)。

 ③債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき(同項3号)。

 ④契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約の目的を達成することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき(同項4号)

 ⑤これらのほか、債務者が債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき(同項5号)。

 

 また、上記は契約の全部の解除が認められる場合ですが、改正法は、以下の場合には、無催告で契約の一部を解除することができることとしました。

 ①債務の一部の履行が不能であるとき(同条2項1号)。
 ②債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)。

 

 なお、改正法542条1項3号は、履行の一部に不能がある場合でも契約の全部を解除することができることを定めたものです。



 ◆改正法542条1項5号が適用される対象

 改正法542条1項5号が適用される対象は、同項1号から4号には該当しないが、「債務の不履行それ自体によりもはや契約をした目的を達することができないと評価されるため催告要件を課すこと自体が不適切である場合」とされており、例えば、大型機材を用いたビルの清掃業務の委託契約において、債務者の従業員がその不注意によってビル内の人に大怪我を負わせた場合等が想定されています(部会資料68A・24頁)。
 また、債務について不完全履行がされたが、その履行の追完は不能である場合は、現状以上の状態になることは客観的に想定されないため、その状態の程度によっては、改正法542条1項5号に該当するものとして、無催告解除をすることができるものと考えられます。
 なお、このように考えると、不完全履行ではあるが契約の目的を達成することができる場合に契約の解除をしようとするときは本条によることができないため、改正法541条により、追完が不能であるのに催告をして契約を解除しなければならないという不合理な状態が生じるようにも思われますが、その場合には、そもそも債務不履行の程度が「軽微」なものとして、催告解除自体が許されないと考えられます(筒井=村松・前掲239頁(注2))。

 

2 原状回復義務の範囲についての改正

第545条(解除の効果)

1 (現行法1項と同じ。)

2 (現行法2項と同じ。)

3 第1項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。

4 (現行法3項と同じ。)

 

(1) 改正点

現行法545条1項に基づく原状回復義務により金銭以外の物を返還するときも、その受領の時以後に生じた果実を返還しなければならないことを条文上明記しました。

 

(2) 説明

 現行法541条2項は、同条1項に基づく原状回復義務により金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない旨を定めていましたが、金銭以外の物を返還するときの果実の返還については明文の定めはありませんでした。
 しかし、通説は、金銭以外の物を返還するときもその受領の時以後に生じた果実を返還しなければならないと解していたため、改正法では、その趣旨を条文上も明記することとしました。

 

 

3 解除権の消滅についての改正

第548条(解除権者の故意による目的物の損傷等による解除権の消滅)

解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りではない。

 

(1) 改正点 

解除権を有する者の解除権が消滅する場合を定めた現行法548条1項を維持しつつ、ただし書として、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは解除権が消滅しない旨の規定が新設されました。また、これに伴い、契約の目的物が解除権を有する者の行為又は過失によらないで滅失し、又は損傷したときは、解除権は消滅しない旨を定めた現行法548条2項は削除されました。

 

(2) 説明

 現行法548条1項は、解除権者が自己の行為若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、又は返還することができなかった等の場合に、解除権が消滅する場合を定めていました。その趣旨は、同項に定める場合は、解除権者は解除権を黙示に放棄したといえることや解除による原状回復として契約の目的物を従前の状態で返還することができないのに、解除を認めると相手方との公平を害することにあるとされていました。
 しかし、解除権者が解除権を有することを知らない場合にまで、解除権を黙示に放棄したと評価するのは相当ではないこと、また、目的物を著しく損傷等した場合には、解除権者は解除による原状回復として目的物の価額を償還する義務があると解され、解除を認めても相手方との公平をそれほど害するとは言えないことから、同項の規律を変更することが検討されました。
 そこで、上記を踏まえ、現行法548条1項の規定を維持しつつ、ただし書として、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは解除権が消滅しない旨の規定が新設されました。

 また、現行法548条2項は、同条1項の要件を充足しない場合の一場面のみを取り出したものにすぎないため、解釈上、無用の混乱を招きかねないとして削除されました。

 

 

第2 危険負担に関する改正

 危険負担については、①債権者主義を定めた規定(現行法534条、535条)の廃止、②危険負担の効果について改正が行われました。

 

1 債権者主義を定めた規定の廃止

(1) 改正点 

改正法では、特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときに、債務者が反対給付を失わない(債権者主義)旨を定めていた現行法の規定(現行法534条及びこれに関連する535条)を削除しました。

 

(2) 説明

 現行法は、危険負担について債務者主義を原則とし(現行法536条1項)、他方で、特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは債務者は反対給付を失わない旨を定める等(現行法534条1項、535条1項・2項)して、例外的に債権者主義を採用していました。
 しかし、債権者主義を定めた現行法534条1項によれば、たとえば、建物の売買契約の締結直後にその建物が地震によって滅失した場合にも買主はなお代金を支払う必要がありますが、目的物の引渡しも受けず、自己の支配下に置いていない買主(債権者)に過大なリスクを負わせるものであって不当であるという批判が強くなされていました。また、債権者主義の根拠は、契約締結後に目的物の価格が高騰等した場合の利益を債権者は受けることができるのであるから、目的物の滅失等による損失も債権者が負担すべきである等と説明されていたが、両者は次元の異なる問題であって、比較すべきではないとされていました。
 そこで、改正法では、債権者主義を定めた規定(現行法534条及びこれに関連する535条)を削除しました。

 改正法の下では、債権者主義を定めた規定の削除によって、従前、現行法534条及び535条が適用されていた場面でも、536条により規律されることになります。
 ただし、特定された目的物の滅失等についての危険の移転については、売買に関する改正法567条(同条は性質の許す限りにおいて有償契約に準用されます〔改正法559条〕)が新設されており、この改正法567条によって規律されることになります。)

 

2 危険負担の効果に関する改正

第536条(債務者の危険負担等)

1 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 

(1) 改正点

改正法では、危険負担の効果について、現行法の定める反対給付債務の消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与と改められました。

 

(2) 説明

 現行法536条1項は、危険負担の効果について、当事者双方の帰責事由によらずに債務者の債務が履行不能となったときは、債権者の反対給付債務も消滅する旨を定めていました。
 しかし、改正法では、債務者に帰責事由がなくとも、債権者は契約の解除をすることができることとされたため(改正法541~543条)、現行法536条1項をそのまま維持すると、契約の解除によって債権者は自己の反対給付債務を負わないこととなる一方で、危険負担によって債権者の反対給付債務は当然に消滅することになり、制度の重複が生じることになってしまうことになりました。そのため、危険負担の制度は廃止することも検討されましたが、債権者は、現行法においては反対給付債務が当然に消滅していた場面においても、解除の意思表示をしなければならず、実質的な負担を増加させるおそれがあること及び複数の債権者の全員による解除権の行使が必要とされる場面(現行法544条)において、債権者の1名が行方不明等の場合には、解除権の行使が事実上困難となるという不都合も生じ得ます。
 そこで、改正法536条1項では、危険負担の効果を、反対給付債務の消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与に改めました。
 これにより、債権者は、債務者に帰責事由がない場合には、危険負担に基づき、反対給付債務の履行を拒むことができる上、契約の解除により、反対給付債務を確定的に消滅させることができることとなりました。
 なお、改正法536条2項について、同条1項の上記改正に伴い、字句の修正が行われています。

 

 上記に関する改正法と現行法の扱いを整理すると、下記の表(日本弁護士連合会・前掲141頁から引用の上、一部記載を変更)のとおりとなります。

履行不能の原因

改正法

現行法

当事者双方に帰責事由なし

・債権者の反対給付債務は、当然には消滅しない。ただし、債権者は、履行を拒絶することができる(本条1項)。

・債権者が反対給付債務を消滅させるためには、契約の解除をする必要がある(改正法542条1項1号)。

・債権者の反対給付債務は当然に消滅する(現行法536条1項)。

・債権者は、契約を解除する必要はない。

債権者に帰責事由あり

・債権者の反対給付債務は消滅せず、債権者は、履行を拒絶することができない。ただし、債務者は、自己の債務を免れたことによって得た利益を債権者に償還する必要がある(改正法536条2項後段)

・同左(現行法536条2項)

債務者に帰責事由あり

・債権者の反対給付債務は、当然には消滅しない。

・債権者が反対給付債務を消滅させるためには、契約の解除をする必要がある(改正法542条1項1号)。

・同左(現行法543条本文)

 
 ◆雇用契約において、使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労務を提供できなくなった場合の労働者の使用者に対する賃金請求と改正法536条2項の関係
 改正法536条2項においては、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときについて、現行法536条2項に定める「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」との文言から「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」との文言に改正されています。しかし、これは、危険負担の効果を履行拒絶権の付与と改めた改正法536条1項の改正に伴って字句を修正したものにすぎません。
 そのため、現行法536条2項を根拠として、雇用契約において労働者が使用者の責めに帰すべき事由により労務の提供ができない場合、労働者は、労務の提供がないとしても、使用者に対して、賃金債権の履行を請求することができるとの解釈は、改正法の下でも維持されるものと解されています(筒井=村松・前掲229頁)。


第3 受領遅滞についての改正
 

第413条(受領遅滞)

1 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。

2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。

 

第413条の2(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由)

1 債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす

 

(1) 改正点

改正法413条1項・2項及び413条の2第2項において、判例及び一般的な解釈に従って認められている受領遅滞の3つの効果が明文化されることになりました。

 

(2) 説明

 受領遅滞の効果については、様々な議論があるものの、判例及び一般的な解釈によれば、次の3つの効果が認められているところ、現行法413条は「遅滞の責任を負う。」とのみ定めており、この文言から、これらの効果を読み取ることは困難でした。

 

(受領遅滞の効果)

①特定物の引渡債務の債務者は、受領遅滞となった後は、善管注意義務(改正法400条)ではなく、自己の財産に対するのと同一の注意をもって目的物を保存すれば足りる。

②受領遅滞により増加した債務の履行費用は、債権者の負担となる。

③受領遅滞となった後に当事者双方の責めに帰すことができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行不能は債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる。

 

 そこで、改正法413条1項・2項及び413条の2第2項では、これらの受領遅滞の効果を明文で定めることとされました。
 なお、改正法413条の2第1項は、受領遅滞ではなく履行遅滞の場合の規定であり、債務者が履行遅滞である場合に当事者双方の責めに帰すことができない事由によってその債務の履行が不能となった場合には、その履行の不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなすものです。

 
 ◆受領遅滞について債権者に帰責事由がない場合の受領遅滞の効果の有無
 受領遅滞について債権者に帰責事由がない場合にも、上記の受領遅滞の効果が生じるかどうかは、改正法の下でも引き続き解釈に委ねられますが、判例(最二小判昭和40年12月3日民集19巻9号2090頁)は、受領遅滞と債務不履行とは別であるとしているため、債権者に帰責事由がない場合でも受領遅滞の効果が発生するとの立場であると解されています(筒井=村松・前掲73頁)。

 ◆受領遅滞に基づく債務者の損害賠償請求及び契約の解除の可否
 受領遅滞に基づいて、債務者が債権者に対して損害賠償請求や契約の解除をすることができるかどうかについては、改正法の下でも引き続き解釈に委ねられますが、判例(前掲・最二小判昭和40年12月3日)は、基本的に、損害賠償請求や契約の解除をすることはできないと解しています(筒井=村松・前掲73頁)。

(弁護士 小林 隆彦)

民法改正ブログ 第3回 【債権の目的、法定利率】

 今回は、「債権の目的」「法定利率」に関する改正の中から、不能による選択債権の特定について定めた410条と、法定利率の改正に関し、404条、419条1項及び417条の2についてご説明します。

 

1 不能による選択債権の特定(410条)

第410条(不能による選択債権の特定)

 債権の目的である給付の中に不能のものがある場合において、その不能が選択権を有する者の過失によるものであるときは、債権は、その残存するものについて存在する。

 

(1) 改正点

・改正法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権者の選択権は存続することになったため、選択権者は不能の給付を選択することができるようになりました。

 

(2) 説明

 
現行法では、選択債権の目的である数個の給付の中に不能のものがある場合、原則として、選択権は消滅して残存する給付が当然に債権の目的となり(現行法410条1項)、選択権を有しない当事者の過失により給付が不能となったときに限り、選択権は存続し、選択権者は不能となった給付を選択することができます(現行法410条2項)。つまり、現行法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権は消滅して残存する給付が当然に債権の目的となります(現行法410条1項)。しかし、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合に、不能の給付を選択する方が選択権者に有利なこともあり得ます。また、これを認めても選択権者でない当事者は元々、選択権者による自由な選択権の行使を受忍する立場にあった以上、特段の不利益はないといえます。
 このような考えから、改正法では、選択権を有する者の過失により給付が不能となったときに限り、選択権が消滅して残存する給付が当然に債権の目的になることとされました(改正法410条)。つまり、改正法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権は存続することになったため、選択権者は不能の給付を選択することができるようになりました。例えば、買主A(選択権者)が売主Bから、目的物である甲又は乙を購入する契約において、乙の履行を受ける必要がなくなったため、甲を選択しようとしたところ、いずれの当事者の過失によらずに甲の履行が不能となった場合、買主Aとしては、甲を選択した上で、履行不能を理由として契約を無催告で解除することができます(改正法542条1項1号)。また、売主B(選択権者)が乙の引渡しをすることが不都合となったため、甲を選択しようとしたところ、いずれの当事者の過失によらずに甲の履行が不能となった場合、売主Bとしては、甲を選択して引渡しをしないことが可能です。

 

2 法定利率に関する改正(404条、4191項、417条の2

第404条(法定利率)

1 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。

2 法定利率は、年3パーセントとする。

3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を1期とし、1期ごとに、次項の規定により変動するものとする。

4 各期における法定利率は、この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し、又は減算した割合とする。

5 前項に規定する「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月までの各月における短期貸付けの平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が1年未満のものに限る。)に係る利率の平均をいう。)の合計を60で除して計算した割合(その割合に0.1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)として法務大臣が告示するものをいう。

 

(1) 改正点

・改正法では、法定利率が現行法の5%から3%となり、以後、3年ごとに見直されることになりました。また、商事法定利率を定めた商法514条は削除されることになります。なお、法定利率の算定方法について詳細な規定が定められていますが、実務上は、周知された法定利率を確認することで対応可能でしょう。また、404条は任意規定であるため、利息計算を簡便にするために約定利率を定めておくことが考えられます。

 

(2) 説明

ア 算定方法

 
現行法では、法定利率は5%と定められていますが、昨今の市中金利を大きく上回る状態が続いているため、法定利率は3%に引き下げられました(改正法404条2項)。
 もっとも、市中金利は今後も大きく変動する可能性があるため、3%に固定するのではなく、3年を1期として1期ごとに法定利率の見直しを行う(変動利率制)ことになりました(改正法404条3項)。具体的には、各期の法定利率は、法定利率に変動があった期のうち直近の期(以下「直近変動期」といいます。なお、改正法施行後、最初の変動があるまでは、改正法施行後の最初の期を意味します〔改正法附則15条2項〕。)における「基準割合」と、当期における「基準割合」との差(要するに、基準割合の金利差)が1%以上となった場合に、その差(1%未満の端数は切り捨てる〔改正法404条4項〕)を、直近変動期における法定利率(最初は3%〔改正法附則15条2項〕)に加算又は増減した割合が法定利率となります(改正法404条4項)。この点、「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、過去5年間における短期貸付けの平均利率の合計を60で除して計算した割合として法務大臣が告示するものを意味します。
 なお、施行日(平成32年(2020年)4月1日)前に利息が生じた場合は、現行法の法定利率(年5%)が適用されます(改正法附則15条1項)。
 また、民事法定利率の改正に伴い、商事法定利率を定めた商法514条は削除されることになります(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律3条)。

 

 以上を図示すると、以下の図のとおりになります。

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出典:法務省民法(債権関係)部会資料81B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(17)」3頁の図1を参考に筆者作成

 

 要するに、「基準割合」の金利差が1%以上となった場合に法定利率が変動することになります。
 なお、法定利率が変動した場合における変動後の法定利率の周知方法については、改正法施行後の状況を勘案し、必要に応じた対応を検討することとされていますので(平成29年5月25日付け参議院法務委員会附帯決議)、実務上は、周知された法定利率を確認することで対応可能でしょう。
 また、404条は任意規定であるため、利息計算を簡便にするために約定利率を定めておくことが考えられます。

 

イ 基準日

 
上記アのような変動利率制の下では、どの時点の法定利率が適用されるかが重要となりますが、利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、「その利息が生じた最初の時点」の法定利率が適用されます(改正法404条1項)。「その利息が生じた最初の時点」とは、「利息を支払う義務が生じた最初の時点」(利息計算の基礎となる期間の開始時点)を意味します。具体的には、利息を支払う特約がある場合には、利息は貸付金の交付時より生ずるため(改正法589条2項)、金銭交付の時点における法定利率が適用され、元本債権が存続している間に法定利率が変動したとしても、その債権の利息の算定に適用される利率は変動しません。

 

ウ 法定利率(404条)の改正に伴う改正
 

 法定利率(404条)の改正に伴い、①金銭債務の特則(419条1項)と、中間利息の控除(417条の2)に関する改正が行われました。

 詳細は以下のとおりです。

① 金銭債務の特則(419条1項)

第419条(金銭債務の特則)

1 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。

2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。

3 第1項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

 

 改正法では、金銭債務の不履行についての損害賠償(遅延損害金)の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率により算定することになりました。債務不履行中に法定利率が変動したとしても、その債権の遅延損害金の算定に適用される利率は変動しません。具体的には、以下のとおりです(法務省民法(債権関係)部会資料81B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(17)」7頁、大村敦=道垣内弘人編『解説 民法(債権法)改正のポイント』91~92頁(有斐閣、2017)参照)。

 

 i. 期限の定めのない債務(例えば、安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務)

 債権者が履行請求をした時から遅滞となる(現行法412条3項)ため、損害賠償額の算定に用いる法定利率は請求時のものとなります(厳密に言うと、請求の到達の翌日から遅滞の責任を負うため、法定利率の基準日も履行の請求があった日の翌日となります。)。なお、不法行為に基づく損害賠償債務については、一般に不法行為時に発生し、直ちに遅滞に陥ると考えられているため、損害賠償額の算定に用いる法定利率は、不法行為時のものとなります。

ⅱ. 期限の定めのある債務

 期限が到来した時から遅滞となる(現行法412条1項)ため、例えば、金銭を支払う債務の遅滞については、支払をすべき日の翌日から遅延損害金が発生します。そのため、法定利率の基準日も支払をすべき日の翌日となります。

 なお、改正法施行日前に債務者が遅滞の責任を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権の法定利率は改正法施行後も年5%のままとなります(改正法附則17条3項)。

 

② 中間利息の控除(417条の2)

第417条の2(中間利息の控除)

1 将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。

2 将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。

 

 損害賠償額の算定に当たり、逸失利益(例えば、事故の被害者が事故に遭わなければ将来、得ていたはずの収入)については、将来の収入を現在受領すると、利息相当分が有利になるので、その部分を控除した額が賠償されるべき金額とされますが、これを、中間利息の控除といいます(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法―総則・物権・債権― 〔第5版〕』1487頁(日本評論社、2018)参照)。
 中間利息の控除について、判例最判平成17年6月14日民集59巻5号983頁)は、民法所定の法定利率を用いるべきであるとしていましたが、改正法417条の2は、これを明文化した上で、中間利息の控除の際の法定利率は、損害賠償請求権が発生した時点における法定利率を用いることにしました(同条1項。なお、同条2項にいう「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額」とは、例えば、事故の被害者が将来、負担することになる介護費用などです。)。例えば、不法行為の場合には、不法行為の時点であり、債務不履行の場合には不履行の時点となるものと解されます(大村敦=道垣内弘人編『解説 民法(債権法)改正のポイント』94頁〔大澤彩〕(有斐閣、2017)参照)。
 損害賠償請求権発生後に法定利率が変動したとしても、中間利息の控除の算定に適用される利率は変動しません。
 また、改正法722条1項により、本条は不法行為に基づく損害賠償の場合にも準用されます。
 なお、改正法施行日前に生じた将来において取得すべき利益又は負担すべき費用についての損害賠償請求権については、本条は適用されません(改正法附則17条2項)。

 

(弁護士 赤木 貴哉)

民法改正ブログ 第2回 【法律行為の無効及び取消し】

 今回は、「法律行為の無効及び取消し」に関する改正の中から、法律行為が無効とされた場合における給付の返還義務の範囲について定めた改正民法121条の2についてご説明します。

1 条文

第121条の2(原状回復の義務)

1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

 

2 事例

 Xが、Yとの間で中古車を売却する売買契約を締結し、Yに対して中古車を引き渡し、Yから売買代金を受領しました。その後、Xは錯誤を理由に当該売買契約を取り消そうとしましたが(改正民法95条1項。改正民法は、錯誤を意思表示の取消事由としています。)、XがYに対して取消しの意思表示をした時点で、既に中古車は落雷によって大破し、廃車となっていました。
 この場合において、X及びYは、互いに対してどのような義務を負うでしょうか。

3 現行民法の規律及び改正の経緯

 ある法律行為が無効とされる場合(取り消されて無効となる場合を含みます。)、その法律行為に基づく給付を受けた当事者(以下「受益者」といいます。)は受けた給付を返還する義務を負います。この返還義務は不当利得返還義務の性質を有すると解されていますが、現行法下においては、具体的な返還義務の範囲について争いがありました。
 すなわち、不当利得の一般規定である民法703条及び704条は、善意の受益者が負う返還義務の範囲を現存利益(「その利益の存する限度」)に限定しているため、同条を素直に適用すれば、法律行為が無効であることについて善意の受益者は、受領した給付又はその代替物が現存する限度で返還義務を負うこととなります。
 の事例においては、Yは法律行為が無効であることについて善意であり、受領した給付である中古車は廃車となってしまってYに現存利益はないのですから、YはXに対して何らの返還義務を負わないこととなります。他方、XはYに対して売買代金を返還する義務を負います。
 しかし、主要な学説は、両当事者が互いに対価的な給付をしているのに一方のみが返還を免れるのは不公平である(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』35頁(注4)(商事法務、2018))、受益者が自ら支配する目的物の滅失の危険を相手方に転嫁させる理由はないなどとして(窪田充見ほか編『新注釈民法(15)債権(8)』118頁〔藤原正則〕(有斐閣、2017))、の事例の売買契約のように両当事者が互いに対価的な給付をする法律行為が無効とされた場合には、民法703条及び704条は適用されず、両当事者は、相手方を原状(給付がされる前の状態)に復させる義務を負うと主張してきました(窪田ほか・前掲119頁)。

4 改正の内容

 このような学説の主張を受け、改正民法121条の2は、法律行為が無効とされた場合の返還義務の範囲について以下のように定めました。

(1) 原則(改正民法121条の21項)
 
まず、第1項において、売買契約等の有償行為(当事者が互いに対価的な給付をする行為)が無効とされた場合においては、受益者は原状回復義務を負うことを定め、その善意悪意を問わず返還義務の範囲は、現存利益に限られないとしました。具体的には、受益者が現物を保持しているときは現物を返還すべきであり、滅失等により現物返還が不可能なときは当該現物の客観的価額を償還する義務を負うこととなります(『民法(債権関係)部会資料66A』36頁、四宮和夫=能見善久『民法総則』339頁(弘文堂、第9版、2018))。
 したがって、の事例においては、Yは甲の客観的価額をXに償還すべきこととなります。
 なお、第1項の適用対象が有償行為であることや、返還義務の範囲が現存利益に限定されないことは、第1項の文言のみからは必ずしも明らかではありませんが、次に述べる第2項の文言との対比から明らかです。

 

(2) 無償行為に基づく給付の返還義務についての特則(改正民法121条の22項)
 
 
第2項においては、贈与契約等の「無償行為」(当事者の一方のみが給付をし、他方が対価性を持つ給付をしない行為)が無効である場合における、無効・取消事由について善意の受益者の返還義務の範囲を「現に利益を受けている限度」(現存利益)に限定しています。
 このように返還義務の範囲を限定されたのは、無償行為が無効である場合には給付を受けた一方当事者のみが返還義務を負うことから、返還義務の範囲を現存利益に限定しても当事者間に不均衡が生ずるおそれはなく、また、有償行為の場合と異なり、反対給付の返還を受けることのできない善意の受益者に原状回復義務を課すことは酷であると考えられたためです。
 なお、民法703条について、返還義務の範囲が現存利益に限定されるためには、受益者は給付を受領した時点だけでなく利益が消滅した時点でも善意でなければならないと解されており(最三小判平成3年11月19日民集45巻8号1209頁)、この解釈は改正民法121条の2第2項についても妥当するものと考えられるため、注意が必要です。

 

(3) 意思能力者及び制限行為能力者の返還義務についての特則(改正民法121条の23項)

 
第3項は、意思無能力(改正民法3条の2により意思無能力者の行為は無効とされました。)又は制限行為能力を理由として法律行為が無効とされた場合における、意思無能力者及び制限行為能力者の返還義務の範囲を現存利益に限定しています。
 この条項は、意思無能力者が適用対象に加えられた点以外は、現行民法121条ただし書と異なりません。

5 その他関連する問題

  • 契約が解除された場合(民法545条2項)と異なり、法律行為が無効とされた場合における利息や果実の取扱いについては特段の規定がないため、この点は、改正民法でも、解釈に委ねられています。占有者の果実収取権を定める民法189条及び190条を適用することが考えられますが、これらの規定は取引関係のない所有者と占有者との間に適用される規定であるとして、全ての利息や果実を返還するべきとする見解(窪田・前掲105、106頁〔藤原正則〕)が有力です。

  • 現物返還が不能となった場合における客観的価額の算定基準時についても、返還請求時とする見解と、現物返還不能時とする見解が対立していますが、この点も解釈に委ねられています(後者の見解を取るものとして、窪田・前掲104頁〔藤原正則〕)。

  • 改正民法121条の2第1項は、不当利得の一般規定の特則であると解されているため、その更なる特則として民法708条(不法原因給付)が適用されます。したがって、例えば、相手方の詐欺や強迫によって契約を締結した被害者(受益者)が契約を取り消した場合、被害者(受益者)は相手方から交付された目的物について返還義務を負わないと解されます(筒井=村松・前掲36頁(注4))。

  • 改正民法と同時に施行される消費者契約法6条の2は、改正民法121条の2第1項の特則として、消費者契約上の債務の履行として給付を受けた消費者が、事業者の不実告知や断定的判断の提供等といった不適切な勧誘行為を理由に意思表示を取り消した場合(消費者契約法4条)、善意の消費者の返還義務の範囲は、現存利益に限られると規定しています。このような場合にまで消費者に原状回復義務を負わせることは、消費者契約法が消費者保護のために取消権を認めた趣旨を没却するおそれがあるためです(消費者庁消費者制度課編『逐条解説 消費者契約法』180~183頁(商事法務、第3版、2018))。

 

消費者契約法
第6条の2(取消権を行使した消費者の返還義務)
 民法第121条の2第1項の規定にかかわらず、消費者契約に基づく債務の履行として給付を受けた消費者は、第4条第1項から第4項までの規定により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消した場合において、給付を受けた当時その意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかったときは、当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

 

(弁護士 菅原 滉平)

 

改正民法ブログ 第1回 【代理】

 祝田法律事務所所属の弁護士が、2020年4月1日施行の改正民法に関する実務上の注意点、ポイントを順次、解説していきます。
 今回は、「代理」に関する改正の中から、代理権の濫用について定めた107条についてご説明します。

1 条文

第107条 (代理権の濫用)

 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

 

2 代理権の濫用の効果

 代理権の濫用は、例えば、本人Yの代理人としての正当な権限を有する者Aが、売買の目的物を横領する目的で、Y代理人として、XからX所有の物を購入した場合などが典型例として挙げられます。
 このような場合、相手方Xは、本人Yに対して代金請求ができるでしょうか。

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 この場合、Aは、代理人として正当な購入権限を有していることから、売買の効果は本人Yに帰属し、Xは、Yに対して代金請求を行うことができるのが原則です。
 もっとも、このようなケースにおいて、相手方Xが代理人Aの意図を知っていたような場合には、Xを保護する必要性はありません。
 そこで、判例最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)は、「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする」としました。
 つまり、代理権の濫用は、心裡留保に類似することから、心裡留保に関する民法93条ただし書を類推適用して、上記の例の場合、相手方Xが、代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合は、売買は無効となり、Xは、Yに対して代金請求ができないとしました。

 現行法には、代理権の濫用について定めた条文はありませんでしたが、改正法は、上記の判例法理を明文化したものといえます。
 もっとも、上記判例によれば、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失である場合の効果は、民法93条ただし書によって“無効”になることに対して、改正法では、“無権代理”とみなされていますので、この点は、上記の判例法理からの変更点です。
 その結果、改正法の下では、本人Yは、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合でも、濫用行為を追認して、その効果を自らに帰属させることができることになりました(改正法113条)。本人があえて濫用行為を追認するというのは想定しにくいですが、例えば、事後的に濫用の状況が是正される等して、結果的に濫用行為が本人に有利になったような場合には、本人はこれを追認して、自らに効果帰属させることができるということで、本人の選択肢が広がったといえるでしょう。
 また、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合であって、かつ、本人Yによる追認がなされない場合、相手方Xは、代理人Aに対して、履行請求又は損害賠償請求を行うことができる(改正法117条)ことになりました(ただし、相手方が代理権の濫用について悪意であった場合、無権代理人の責任追及はできません(同条2項1号)。)。現行法の下では、代理人に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)か、不当利得返還請求(民法703条)を行うことになりますが、改正法の下では、これに加えて、改正法117条に基づく履行請求又は同条に基づく損害賠償請求も可能となります。改正法117条に基づく無権代理人の責任は無過失責任であるため、相手方としても、被害回復の選択肢が広がったといえるでしょう。

 なお、上記判例が、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失の場合に無効としたことに対しては、軽過失でも無効となりうることは取引の安全を害するとして、改正に当たって、無権代理となる場合について「悪意又は重過失」とすることも検討されましたが、最終的には、上記判例法理に合わせることとなりました。この点については、過失の認定・評価を通じて柔軟な解決を図ることが可能であるとの指摘を踏まえたものと説明されていますが、「今後の実務においては、同条の過失は限りなく重過失に近いものとして解釈されるべきである」(日本弁護士連合会編著『実務解説改正債権法』38頁(弘文堂、2017))、「裁判所は、あまり広く過失を認めるべきではない」(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』431頁(有斐閣、2017))との指摘がなされています。

3 代表権の濫用

 代理権の濫用ではなく、会社の代表取締役などの代表者が代表権を濫用した場合(例えば、借り入れた金銭を着服する目的で代表者として借入れをした場合など)についても、判例最判昭和38年9月5日民集17巻8号909頁)は、「株式会社の代表取締役が、自己の利益のため表面上会社の代表者として法律行為をなした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知りまたは知り得べきものであつたときは、民法九三条但書の規定を類推し、右の法律行為はその効力を生じない」とし、代理権の濫用と同一の扱いとしていました。
 そのため、改正後は、代表権の濫用についても、改正法107条が適用され、相手方が代表者の濫用の意図について悪意又は有過失である場合には、無権代理とみなされることなります。
 なお、代表権の濫用の場合、濫用の意図について悪意又は有過失である相手方であっても、重過失ではない場合には(最判昭和44年11月21日判時577号65頁等)、別途、会社に対して会社法350条に基づく損害賠償請求を行う余地があることに注意が必要です。なぜなら、代表権の濫用によって相手方に損害を与えた場合、代表者には民法709条に基づく不法行為が成立する場合が多く、その場合、会社には、会社法350条の責任が生じ得るからです。

(弁護士 西岡 祐介)