改正民法勉強室

祝田法律事務所の所属弁護士が、所内で行っている改正民法の勉強会の資料をアップしていきます。

民法改正ブログ 第7回 【多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く)】

1 序

 

 債権者と債務者が1:1ではなく、その一方が複数になる場合、当然のことながら法律関係は複雑になる。民法は「多数当事者の債権及び債務」としてこれを規律するが(改正前民法第3編第1章第3節)、債権者又は債務者が複数になる場合としてどのような類型があるのか、それぞれの法律関係はどうなるのかを定めており、さらに、複数のうち一部に生じた事由が他にどのような影響を及ぼすのかを定めている。ここで想定される事由は、弁済、請求、更改、相殺、免除、混同、時効などである。1人に対する弁済又は1人による弁済がどのような効果を生ずるかは、事柄の性質上自明であるが、その他の事由については、必ずしもそうではない。
 今般の民法改正では、この「多数当事者の債権及び債務」にも大幅に手が加えられている(改正後民法第3編第1章第3節)。しかし、形は改正でも、保証債務に関する箇所(同節第5款)を除けば(これについては、次回触れる予定である。)、かなりの部分は、各類型の概念の整理や従来の判例・有力説の明文化であり、実務にはほとんど影響がないとされているので、その1つ1つを細かく追っていくのは、費やす時間との関係で得るものが少ない。
 とはいえ、結論に大きな違いをもたらす重要な改正もあるので、それらについては実務上注意が必要である。以下では連帯債務において3つの事由(請求、免除、時効)の発生がどのような効力を生ずるかを取り上げ、改正の内容を設例の中で説明する。

 

2 改正民法の関連条文

 

 改正後民法第3編第1章第3節第4款「連帯債務」に関する条文は、以下のとおりである。

第436条(連帯債務者に対する履行の請求)
 債務の目的がその性質上可分である場合において、法令の規定又は当事者の意思表示によって数人が連帯して債務を負担するときは、債権者は、その連帯債務者の1人に対し、又は同時に若しくは順次に全ての連帯債務者に対し、全部又は一部の履行を請求することができる。

第437条(連帯債務者の1人についての法律行為の無効等)
 連帯債務者の1人について法律行為の無効又は取消しの原因があっても、他の連帯債務者の債務は、その効力を妨げられない。

第438条(連帯債務者の1人との間の更改)
 連帯債務者の1人と債権者との間に更改があったときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。

第439条(連帯債務者の1人による相殺等)

1 連帯債務者の1人が債権者に対して債権を有する場合において、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。

2  前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒ことができる。

第440条(連帯債務者の1人との間の混同)
 連帯債務者の1人と債権者との間に混同があったときは、その連帯債務者は、弁済をしたものとみなす。

第441条(相対的効力の原則)
 第438条、第439条第1項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の1人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、債権者及び他の連帯債務者の1人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。

 

3 設例と問題

 
 野心家の若者Bは、エスニック系の飲食店を経営して一儲けしようと思い付き、東京の某所に手頃なビルを見付けて2階を賃借することにした。裏通りではあるが人が多く集まるエリアなので、行列ができるほどの人気となって、利益がかなり上がるはずだと見込んだからである。Bは、事業の収入については、売上げが1日で30万円、休みの日を考慮しても月で750万円、年で9000万円と予測し、事業の支出については、開店までに、内装費1500万円、調度品500万円、そして敷金600万円、計2600万円、開店後は、月々の家賃100万円、人件費150万円、その他の経費100万円、月で小計350万円、年で計4200万円と予測した。
 Bは、開店までの支出と開店後安定するまでの当面の支出を賄うためには6000万円くらいの資金が必要になると試算した。そして、近隣に住む友人Cから、Cの親戚Aが小金を貯め込んでいると聞いていたのを思い出し、Cに対し上記飲食店をBと共同で経営する話を持ち掛け、Cを通じてAに資金の融通を頼み込んだ。Bは、上記予測の下、2年も営業すれば6000万円を返済するくらいの資金はすぐにできると胸算用した。そこで、返済の期限を2年後とし、利息はやや高めの年12%、BとCが連帯しての借入人となることでAとの借入契約を成立させた。そして、以上はBが主導したので、BとCの間の負担割合は2:1、すなわち、4000万円:2000万円とした。なお、毎年飲食店で上がる利益は、同じ割合である2:1で分配することにした。
 ところが、その後まもなく隣のビルの1階に同じくエスニック系の飲食店が開店し、BとCが共同経営する飲食店は、行列ができるどころか閑古鳥が鳴く始末となり、売上げだけでは運転資金も賄うことができない状態となって、2年も持たずに店を畳んだ。Bは、実家のある田舎に帰ってしまい、Cは、安定収入を得るために会社員になった。
 借入れが2年後に返済されなかったので、AはCに支払を催促したが、CはAに少し待ってくれ、利息も勘弁してほしい、と泣きついた。Aは、Cから泣きつかれて、支払の催促を見合わせ、利息も支払わなくてよいと認めた。なお、Bは、それらについて知らされていない。

 

 〔小問①〕

   Bは、Aに対し、利息(提訴時点で元本6000万円×年12%×7年6か月=5400万円)を支払う必要がないと主張できるか。

 

 こうして元本が返済されず利息すら支払われないまま返済期限から5年が経過しようとしていた。Aは、お金のことはきちんとすべきであり、Cが親戚だからといっていつまでも甘やかせないと考えて、知合いのベテラン弁護士Lに相談した。弁護士Lは、あと1週間放っておくと消滅時効が成立してしまうことに気付き、住所の分かっているCに直ちに請求の通知書を送った。弁護士Lはそれでひとまず安心し、Bに対しては半月くらいしてから住所を調べ請求の通知書を送った。
 それでもBとCから債務の履行がなかったので、弁護士Lは、Cに請求の通知書を送ってから6か月後に、Aを代理してBとCを相手に貸金返還請求訴訟を提起した。

 
 〔小問②〕

   Bは、Aに対し、自らの借入債務について消滅時効が成立したと主張できるか。

 〔小問③〕

   小問②でBがAに対しBの借入債務についての消滅時効の成立を主張できるとして、Cは、Aに対し、それを理由に自らの借入債務の支払を拒絶することができるか。

 
 Aは、親戚のCが可哀想になり、利息の支払の免除に続き元本の返済も6000万円全額について免除し、ただし、Bのような無思慮な人物を紹介したお詫びの印として1か月分の利息相当額60万円だけは支払わせることにして、Cと和解し、Cに対する訴訟を取り下げた。和解条項にはBとの関係がどうなるかは全く記載されていない。なお、Cは、和解に際し、それ以上1円も支払う必要がないよう確実にしておくために、弁護士に成り立ての知合いMに相談していた。
 AのBに対する訴訟は、なお係属している。 


 〔小問④〕

   Aは、Bに対し、依然として元本6000万円の返済を請求できるか。 


 〔小問⑤〕

   仮にBがAに対し元本6000万円を返済し、Cに対し元本に関するCの負担部分2000万円を求償した場合、Cは、この求償を拒絶することができるか。また、それを拒絶することができない場合、Cは、Aに対し2000万円の支払を請求できるか。
 

 〔小問⑥〕

   仮に和解条項にAのCに対する免除がBとの間でも効力を有する旨が記載されていた場合、以上の問いについて、答えは異なるか。Bがそれについて知らされていなかった場合はどうか。

 

4 解説

 各小問について、改正の前後で以下の違いがある。

 

(1) 小問①について

 改正法の下では、免除には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し利息(提訴時点で5400万円)を支払う必要がある。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cの負担部分4%の免除の効力はBにも及んだから、Bは12%相当額ではなく8%相当額(提訴時点で3600万円)を支払えば足りた(改正前民法第437条)。

 

(2) 小問②について

 改正法の下では、請求には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し自らの借入債務について消滅時効が成立したと主張できる。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cに対する請求の効力はBにも及んだから、CについてのみならずBについても消滅時効は中断し、BはAに対し消滅時効の成立を主張することができなかった(改正前民法第434条)。
 Aとしては、Bの消滅時効成立を防ぐために、借入契約の中でB又はCに対する請求は他の債務者に対しても効力がある(絶対的効力がある)旨を特約しておく必要があった(改正後民法第441条ただし書参照)。又は、弁護士Lは、Cに対して請求の通知書を送付したことで安心せず、Bに対してもできる限り速やかに請求の通知書を送付しておくべきであった。

 

(3) 小問③について

 改正法の下では、時効には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、CはAに対しBの借入債務についての消滅時効の成立を理由に自らの借入債務の履行を拒絶することができない。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cは、Bの負担部分4000万円の範囲で消滅時効の成立を主張できた(改正前民法第439条)(時効自体を援用できるかどうかはともかく、Aの請求を拒絶することはできた。)。

 

(4) 小問④について

 改正法の下では、免除には相対的効力しかない(改正後民法第441条本文)。したがって、BはAに対し元本6000万円全額を支払う必要がある(Cの負担部分2000万円の支払を拒絶できない。)。これは、改正で変わった点である。改正前なら、Cの負担部分2000万円の免除の効力はBにも及んだから、Bは6000万円全額ではなく自らの負担部分4000万円を支払えば足りた(改正前民法第437条)。以上は、(1)に見たところと同様である。

 

(5) 小問⑤について

 もっとも、BはCに対しCの負担部分2000万円について求償できる。そして、CはBに対し求償を拒絶することができない(改正後民法第442条1項。改正前も結論は同じ。改正前民法第442条)(さらに、改正後民法第445条)。
 他方、CはAに対し2000万円の支払を請求することができない。明文の規定は存在しないが、この結論は異論ないものとされており、債権者(A)の通常の意思内容、債権者(A)が法律上の原因のない利益を取得したとは言えないことがその理由とされている(「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会、2017年)201頁)。

 

(6) 小問⑥について

 仮に和解条項にAのCに対する免除がBとの間でも効力を有する(絶対的効力がある)旨が記載されていた場合は(改正後民法第441条ただし書参照)、AはBに対し6000万円の支払を請求できない(BはAに対しCの負担部分2000万円の支払を拒絶できる。)。Bがそれについて知らされていなかった場合も同様である。「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会、2017年)200頁。弁護士Mとしては、和解条項中にそのような特約を設けることを提案すべきであった。

 

(7) 補足その1

 小問④において、Cは元本の返済を免除されても、Bによる求償権の行使を通して、結局は自らの負担部分2000万円を支払わされることになった。このことは、実は小問①の利息に関しても同様である。Cは、Aから利息の支払を免除されているが、仮にBがAに対して利息12%相当額を支払いCに対して求償権を行使すれば、結局は自らの負担部分4%相当額を支払わされることになる。

 

(8) 補足その2

 小問③の消滅時効に関しても、状況は同様である。Bは、Aに対しては消滅時効の成立を主張できても、仮にCがAに対して元本6000万円を返済しBに対して求償権を行使すれば、結局は自らの負担部分4000万円を支払わされることになる。


(弁護士 清水 俊彦)

民法改正ブログ 第6回 【詐害行為取消権】

 今回は、「詐害行為取消権」に関する改正内容を説明します。

 

1 詐害行為取消権とは

 
詐害行為取消権とは、債務者が債権の責任財産の不足することを知りつつ財産減少行為をした場合に、その行為の効力を否認して債務者の責任財産保全を図ることを目的とする制度です。詐害行為取消権と共通の機能を有する制度として、破産法・民事再生法会社更生法上の否認権の制度があります。破産法上の否認権を例にして説明すると、両制度は、詐害行為取消権が個別の強制執行の準備のために個々の債権者に認められた権利であるのに対して、否認権は集団的な債務処理手続において、個々の債権者ではなく破産管財人に認められた権利であることなどの点で異なっています。
 なお、詐害行為取消権に関する条文において、「受益者」とは詐害行為によって利益を受けた者(債務者から財産の移転を受けた者)のことを意味しており、「転得者」とは受益者から更に財産の移転を受けた者のことを意味しています。

 

2 相当の対価を得てした財産の処分行為(424条の2
 

第424条の2(相当の対価を得てした財産の処分行為の特則)

 債務者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、受益者から相当の対価を取得しているときは、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、その行為について、詐害行為取消請求をすることができる。

 一 その行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により、債務者において隠匿、無償の供与その他の債権者を害することとなる処分(以下この条において「隠匿等の処分」という。)をするおそれを現に生じさせるものであること。

 二 債務者が、その行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。

 三 受益者が、その行為の当時、債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 旧法下において、判例は、不動産等の財産を相当な価格で処分する行為については、原則として、不動産等の財産を費消・隠匿しやすい金銭に換える行為自体に詐害性を認めていました(大判明治44年10月3日、最判昭和41年5月27日)。
 他方で、破産法上の否認権においては、取引に萎縮効果等が生じることを避けるため、破産法161条1項において、本条1号から3号と同様の要件が明確にされていましたので、旧法下においては、詐害行為取消権の対象になる行為が否認権の対象にはならないという不整合が生じていました。
 そこで、民法においても、本条1号から3号で破産法161条1項と同様の要件が定められました。

 

(2) 実務への影響

 旧法下においては、本条2号又は3号の要件を満たさない場合であっても、詐害行為取消権の対象となる可能性がありましたが、改正法下においては、本条1号から3号のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消権の対象となることが明文化されました。

 

3 特定の債権者に対する担保の供与等(424条の3

第424条の3(特定の債権者に対する担保の供与等の特則)

1 債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求をすることができる。

 一 その行為が、債務者が支払不能(債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう。次項第1号において同じ。)の時に行われたものであること。

 二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。

2 前項に規定する行為が、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合において、次に掲げる要件のいずれにも該当するときは、債権者は、同項の規定にかかわらず、その行為について、詐害行為取消請求をすることができる。

 一 その行為が、債務者が支払不能になる前30日以内に行われたものであること。

 二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。

 

(1) 改正の内容及び趣旨
 
 旧法下において、判例は、無資力の債務者が特定の債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済する行為は詐害行為に該当するとしていました(最判昭和33年9月26日)。
 他方で、破産法上の否認権においては、取引に萎縮効果等が生じることを避けるため、特定の債権者に対する担保の供与及び対価的に均衡のとれた特定の債権者に対する債務の消滅に関する行為(偏波行為)については、原則として、支払不能前の行為の効力は否定されないこととされています。したがって、支払不能前の弁済は否認権の対象とはならないものの、債務者の無資力と通謀詐害意図が認められる限り、詐害行為取消権の対象になり得るという不整合が生じていました。
 そこで、本条1項1号の支払不能の要件として破産法162条1項1号と同様の要件が採用され、また、本条2項1号の要件に破産法162条1項2号の趣旨が反映されました。
 また、本条1項2号及び2項2号の「債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図」については、従来の判例法理(最判昭和52年7年12日)を採用することにより、否認権よりも要件を加重しています。

 

(2) 実務への影響

 支払不能前になされた本旨弁済や義務的な担保供与行為は、詐害行為取消権の対象とはならないことが明らかになりました。

4 過大な代物弁済等の特則(424条の4

第424条の4(過大な代物弁済等の特則)

 債務者がした債務の消滅に関する行為であって、受益者の受けた給付の価額がその行為によって消滅した債務の額より過大であるものについて、第424条に規定する要件に該当するときは、債権者は、前条第1項の規定にかかわらず、その消滅した債務の額に相当する部分以外の部分については、詐害行為取消請求をすることができる。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 債務に比して過大な代物弁済を念頭に、対価的な均衡を欠く債務の消滅に関する行為について、消滅した債務の額に相当する部分については、対価的に均衡のとれた債務の消滅に関する行為であるため、改正法424条の3(特定の債権者に対する担保の供与等の特則)の適用の有無の問題となり、消滅した債務の額を超える部分については、詐害行為取消権の原則的な規定である改正法424条が適用されることとなりました。

 

(2) 実務への影響

 過大な代物弁済について、旧法下での取扱いは明確ではありませんでしたが、改正法下においては、支払不能前の行為については、過大部分についてのみが詐害行為取消権の対象となり、対価的に均衡のとれた部分についての債務消滅の効果が覆らないことが明確になりました。債務者が給付した財産が不可分なもの(一棟の建物など)であるときは、債権者はその一部の返還(現物返還)を求めることができないため、価額の償還を求めることになります(改正法424条の6第1項後段)。

 

5 転得者に対する詐害行為請求(424条の5

第424条の5(転得者に対する詐害行為取消請求)

債権者は、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合において、受益者に移転した財産を転得した者があるときは、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める場合に限り、その転得者に対しても、詐害行為取消請求をすることができる。

 一 その転得者が受益者から転得した者である場合

その転得者が、転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき。

 二 その転得者が他の転得者から転得した者である場合

その転得者及びその前に転得した全ての転得者が、それぞれの転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたとき。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 転得者に対する詐害行為取消請求について、旧法下では、転得者の転得時における詐害事実の悪意のみを要件としており、判例では、受益者が善意であり、受益者に詐害行為取消請求をすることができない場合であっても、悪意の転得者には、詐害行為取消請求をすることができるとされていました(最判昭和49年12月12日)。
 しかし、転得者が善意の受益者から受け取った財産を失うことになると、善意の受益者が転得者から担保責任を追及されるなど、善意の受益者の取引の安全が害される可能性があります。
 そこで、改正法においては、受益者が善意でなく、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合にのみ、転得者に対しても詐害行為取消請求をすることができることとされました(本条柱書き)。
 また、転得者の悪意については、転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていた場合にのみ、転得者に対して詐害行為取消請求をすることができることとされました(本条1号)。さらに、他の転得者から転得した転得者については、当該転得者及びその前に転得した全ての転得者がそれぞれの転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていた場合にのみ、当該転得者に対しても詐害行為取消請求をすることができるとされました(本条2号)。

 

(2) 実務への影響

 改正法下においては、受益者が善意であり、受益者に詐害行為取消請求をすることができない場合、転得者に対する詐害行為取消請求をすることができませんので、旧法下よりも、転得者に対する詐害行為取消権の行使の要件が厳格化され、取消しが認められにくくなります。

 

6 被告及び訴訟告知(424条の7

第424条の7(被告及び訴訟告知)

1 詐害行為取消請求に係る訴えについては、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める者を被告とする。

 一 受益者に対する詐害行為取消請求に係る訴え受益者

 二 転得者に対する詐害行為取消請求に係る訴えその詐害行為取消請求の相手方である転得者

2 債権者は、詐害行為取消請求に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 旧法下において、判例は、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力は、財産の返還を請求する相手方である受益者又は転得者には及ぶものの債務者には及ばないこと(相対的効力)を前提として、詐害行為取消請求に関する訴訟においては、受益者等を被告とすべきであり、債務者を被告とする必要はないとしていました(大判明治44年3月24日)。
 しかし、確定判決の効力が債務者に及ばない結果、受益者等は、財産を返還することとなっても、財産を取得するために債務者に支払っていた金銭等の返還を債務者に請求することができないこととなるなど、関係者間の統一的な利害調整を困難にしているとの批判がありました。
 そこで、改正法においては、被告とするのは受益者等とした上で(本条1項)、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力については、被告となった受益者等だけでなく、債務者にも及ぶとするとともに(425条)、債務者にも審理に参加する機会を保障するため、債権者は、訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならないとしました(本条2項)。

 

(2) 実務への影響

 債権者に債務者に対する訴訟告知の義務が課されることにより、債務者が審理に参加する機会が保障されましたが、債権者にとっては一定の負担が生じることになります。

 

7 債権者への支払又は引渡し(424条の9

第424条の9(債権者への支払又は引渡し)

 1 債権者は、第424条の6第1項前段又は第2項前段の規定により受益者又は転得者に対して財産の返還を請求する場合において、その返還の請求が金銭の支払又は動産の引渡しを求めるものであるときは、受益者に対してその支払又は引渡しを、転得者に対してその引渡しを、自己に対してすることを求めることができる。この場合において、受益者又は転得者は、債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、債務者に対してその支払又は引渡しをすることを要しない。

 2 債権者が第424条の6第1項後段又は第2項後段の規定により受益者又は転得者に対して価額の償還を請求する場合についても、前項と同様とする。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 旧法下において、判例は、詐害行為取消しに基づき受益者等に対し金銭の返還を求める場合、債権者が自己への直接の引渡しを認めており、これが明文化されました。
 また、旧法下において、債権者は、受益者等から金銭の支払いを受けた場合、その金銭の返還債務と債務者に対する自己の債権とを相殺することは禁止されないと解されていました。そのため、債権者は、民事執行の手続によることなく自己の債権を事実上優先的に回収することができました。
 改正法の立法過程においては、詐害行為取消の制度は、後の強制執行に備えて責任財産保全するものであるため、債権者が民事執行の手続によることなく優先的に債権回収を図ることは制度趣旨を超えているとの批判があり、相殺を禁止する案も検討されましたが、相殺による債権回収を否定すると、債権者が詐害行為取消権を行使する動機を減少させ、詐害行為取消の制度が有する詐害行為の抑止という機能が減退してしまうなどの理由から、最終的には、改正法において相殺を禁止する規定は設けられませんでした。

 

(2) 実務への影響

 本条1項後段の規定が前提としている債務者の引渡請求権の存在は、実務に大きな影響を与える可能性があると考えられています。
 すなわち、取消判決確定後、直ちに受益者等が債務者に対して支払等を行うと債権者の請求権も消滅することとなり、また、債務者において受益者等からの受領金等が隠匿されてしまうという事態も考えられます。そこで、債権者としては、取消訴訟係属中に、債務者の請求権を仮差押えするなどの対応が必要となります。

 

8 認容判決の効力が及ぶ者の範囲(425条)

第425条(認容判決の効力が及ぶ者の範囲)

 詐害行為取消請求を認容する確定判決は、債務者及びその全ての債権者に対してもその効力を有する。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 上記の「6 被告及び訴訟告知(424条の7)」で述べたとおり、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力については、被告となった受益者等だけでなく、債務者にも及ぶこととされました。

 

(2) 実務への影響

 詐害行為取消請求を認容する確定判決により、受益者等が金銭又は動産の引渡し等をすべき場合については、本条により、債務者の受益者等に対する金銭等の請求権が観念されることになります。
 その実務への影響については、上記「7 債権者への支払又は引渡し(424条の9)」の(2)で述べたとおりです。

 

9 債務者の受けた反対給付に関する受益者の権利(425条の2

第425条の2(債務者の受けた反対給付に関する受益者の権利)

 債務者がした財産の処分に関する行為(債務の消滅に関する行為を除く。)が取り消されたときは、受益者は、債務者に対し、その財産を取得するためにした反対給付の返還を請求することができる。債務者がその反対給付の返還をすることが困難であるときは、受益者は、その価額の償還を請求することができる。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 上記「6 被告及び訴訟告知(424条の7)」の(1)で述べたとおり、旧法下において、判例は、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力は、財産の返還を請求する相手方である受益者又は転得者には及ぶものの債務者には及ばないとしていましたので(相対的効力)受益者等は、財産を返還することとなっても、財産を取得するために債務者に支払っていた金銭等の返還を債務者に請求することができないことになりかねませんでした。
 しかし、このような結論は、受益者と債務者の公平を欠くというほかなく、類似する破産法上の否認制度においても、財産処分行為が否認された場合、相手方は、その財産処分行為における反対給付の返還を求めることができるとされています(破産法168条)。
 そこで、改正法においては、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力が債務者にも及ぶとした上で(425条)、財産処分行為が取り消された場合、受益者は、債務者に対し、その反対給付の返還を請求することができ(本条前段)、反対給付が第三者に処分された場合などその反対給付の返還が困難であるときは、その価額の償還を請求することができることとされました(本条後段)。

 

(2) 実務への影響
 受益者の反対給付がある詐害行為が取り消された場合には、受益者は、債務者に対し、反対給付に関する権利を行使できるようになるため、それを前提として保全手続の実施等の実務対応が求められることになります。

 

10 受益者の債権の回復(425条の3

第425条の3(受益者の債権の回復)

 債務者がした債務の消滅に関する行為が取り消された場合(第424条の4の規定により取り消された場合を除く。)において、受益者が債務者から受けた給付を返還し、又はその価額を償還したときは、受益者の債務者に対する債権は、これによって原状に復する。

 

(1) 改正の内容及び趣旨
 
 上記「6 被告及び訴訟告知(424条の7)」の(1)で述べたとおり、旧法下において、判例は、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力は、財産の返還を請求する相手方である受益者又は転得者には及ぶものの債務者には及ばないとしていました(相対的効力)。
 例えば、債務者(X)が1000万円の債権を有する者(Y)に対し、2000万円の土地を代物弁済したものの、これが詐害行為取消請求によって取り消され、Yが2000万円の土地を返還することになったとしても、債務者にその判決の効力が及ばないとすると、YがAに対して有していた1000万円の債権は消滅したままのようにも思われます。
 そのような結論は合理的ではありませんので、改正法では、債務消滅行為が取り消された場合(424条の4の規定により取り消された場合を除く。)において、受益者が債務者から受けた給付を返還し、又はその価額を償還したときは、受益者の債務者に対する債権は、原状に復するとされました。債権が原状に復するのは、あくまで給付の返還後であり、債務消滅行為が取り消されただけでは足りません。
 なお、424条の4の規定により取り消された場合が除かれているのは、債務消滅行為が過大な代物弁済等に該当する場合において、当該代物弁済によって消滅した債務の額に相当する部分を超える部分のみが取り消されたときは、受益者がその取り消された部分の価額を償還したとしても、当該代物弁済によって消滅した債務の額に相当する部分の価額を償還したことにはならないから、受益者の債務者に対する債権は回復しないことを示すためです。

 

(2) 実務への影響

 偏頗行為の取消しを請求された受益者は、取消判決が確定し、受益者が弁済金等を返還したときには、受益者の債務者に対する債権が復活することとなるので、当該復活債権(条件付債権)を被保全債権として、取消判決確定後に生じる債務者の受益者自身に対する弁済金等の返還請求権(条件付債権)を仮差押えしたうえで、自ら第三債務者として執行供託する対応が考えられます。
 他方で、上記「7 債権者への支払又は引渡し(424条の9)」の(2)で述べたとおり、債権者としては、取消訴訟係属中に、債務者の請求権を仮差押えするなどの対応が考えられます。
 その結果、判決確定後は、債権者と受益者は、債務者の請求権に対する債権執行手続に基づき、各自の債権額に按分して、偏頗弁済金を分け合うことになると考えられます。

 

11 詐害行為取消請求を受けた転得者の権利(425条の4

第425条の4(詐害行為取消請求を受けた転得者の権利)

 債務者がした行為が転得者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたときは、その転得者は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める権利を行使することができる。ただし、その転得者がその前者から財産を取得するためにした反対給付又はその前者から財産を取得することによって消滅した債権の価額を限度とする。

 一 第425条の2に規定する行為が取り消された場合

その行為が受益者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたとすれば同条の規定により生ずべき受益者の債務者に対する反対給付の返還請求権又はその価額の償還請求権

 二 前条に規定する行為が取り消された場合(第424条の4の規定により取り消された場合を除く。)

その行為が受益者に対する詐害行為取消請求によって取り消されたとすれば前条の規定により回復すべき受益者の債務者に対する債権

 
 上記「10 受益者の債権の回復(425条の3)」と同様の趣旨により、転得者についても、転得者に対する詐害行為取消請求によって債務消滅行為が取り消された場合に転得者の債権の回復について定めたものです。

 

12 詐害行為取消権の期間の制限(426条)

第426条(詐害行為取消権の期間の制限)

 詐害行為取消請求に係る訴えは、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年を経過したときは、提起することができない。行為の時から10年を経過したときも、同様とする。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

ア 長期の期間制限の短縮

 旧法は、詐害行為取消権は、詐害行為の時から20年を経過すると、行使することができないとしていました。しかし、詐害行為取消権は、例外的に債務者の財産管理権に債権者が介入する制度であるため、あまりに長期間にわたって詐害行為取消権を行使できる状態が継続し、法律関係が安定しないのは妥当とはいえません。
 そこで、改正法では、詐害行為取消請求についての訴えを提起することができる期間を詐害行為の時から10年に短縮しました。

イ 出訴期間

 旧法は、文言上、詐害行為取消権についての制限期間は、消滅時効であるとしていましたが(判例については、最判昭和47年4月13日、最判平成22年10月19日参照)、消滅時効期間であると、時効の完成猶予や更新が可能となり、法律関係が安定しないという問題が生じます。
 そこで、改正法では、詐害行為取消権の期間の制限は、出訴期間に改められました。

(2) 実務への影響

 期間の制限が消滅時効期間から出訴期間に改められたことにより、時効の完成猶予や更新等の規定の適用がなくなります。

(弁護士 清野 訟一)

民法改正ブログ 第5回 【債権者代位権】

 今回は、「債権者代位権」に関する改正内容を説明します。

 

1 債権者代位権とは 

 債権者代位権とは、債務者が一般財産を保全する行為をしないときに、債権者が債務者に代わって当該行為をする権利です。
現行法423条は、債権者代位権について以下のように規定しています。

債権者代位権

423条 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない。

2 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。 

 「自己の債権を保全するため」とは、この権利を行使するためには、保全の必要性、すなわち、債権者がその債権内容の満足を得るのに必要であることを要するという意味です。その債権のことを「被保全債権」といいます。
 被保全債権が金銭債権である場合には、債権者代位権が認められるためには「債務者が債権者に弁済する十分な資力がないこと」が必要とされています(無資力要件)。
 他方、被保全債権が金銭債権以外の債権である場合(例えば、登記請求権)には、判例上、債権保全の必要があるというためには、特定債権の保全のために必要であることで足り、債務者の無資力要件は必要ない場合があるという考えが採られてきました。これにより、債権者代位権は基本的に責任財産保全が目的であり、金銭債権を保全するための制度ですが、金銭債権以外の債権を保全するためにも用いることが可能となります。このような債権者代位権の利用を債権者代位権の転用といいます。
 なお、債権者代位権の要件として、代位が債権を保全するための唯一の方法であることは要求されていません。しかし、債権者代位権の転用の場面においては、債権者代位権の行使が認められるのは合理的な理由がある場合に限られるべきであり、直接請求権が明確に存在する場合には、代位権の転用は避けるほうが望ましいという考え方も存在します(補充性の要件、奥田昌道編「新版注釈民法(10)Ⅱ債権(1)債権の目的・効力(2)」725頁〔下下定〕(有斐閣、初版、2011))。

 

2 債権者代位権の要件(423条) 

改正後の民法423条の内容は以下のとおりです。

民法423条 (債権者代位権の要件)

1 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

2 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、被代位権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

3 債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、被代位権利を行使することができない。

 

(1) 改正の内容及び趣旨 

 本条1項本文は、現行法423条1項本文の規律の内容を維持した上で、保全の必要性があることを要する旨を明確にするため、同項本文の「保全するため」の次に「必要があるときは」という文言を加えました。
 また、本条1項ただし書では、代位行使が許されない権利として、債務者の一身専属権のほか、差し押さえることを禁止される権利が加えられました。これは、「差押えを禁じられた権利」は一般債権者の共同担保(責任財産)を構成しないことから、債権者代位権の対象とするのに適さないと考えられたことによります(民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明(以下「中間試案補足説明」といいます。)151頁)。
 本条2項は、利用例の乏しい、現行法における裁判上の代位を廃止することとし、保存行為を除き、期限未到来の債権を被保全債権として代位権を行使することができないものとしました。これは、実務上、裁判上の代位による債権者代位権の行使の実例が存在せず、保全処分の制度(仮差押え)が充実したわが国では、裁判上の代位によって被保全債権を保全しなければならない必要性にも乏しいと考えられたことによります(中間試案補足説明150頁)。これに伴い、裁判上の代位に関する旧非訟事件手続法85条から91条までの規定も削除されました(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)第56条)。
 本条3項は、被保全債権が「強制執行により実現することのできないもの」であるときに、当該債権を保全するために債権者代位権を行使することができないとするものですが、これは、強制執行により実現することができない債権を保全するために強制執行準備を目的とする債権者代位権を行使するというのは不適切であると考えられたことによります(中間試案補足説明151頁)。

 

(2) 実務への影響 

 本条は、基本的に改正前民法に認められていた取扱いの内容を明文化し、また利用例の極めて乏しい制度を廃止するものにすぎないので、実務への影響は大きくないと考えられます。

 

3 代位行使の範囲(423条の2)

改正後の民法423条の2の規定の内容は、以下のとおりです。

民法423条の2 (代位行使の範囲)

 債権者は、被代位権利を行使する場合において、被代位権利の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、被代位権利を行使することができる。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 本条は、被代位債権の目的が可分であるときは、自己の債権の額の限度においてのみ、被代位権利を行使できる旨を規定しています。現行法において、判例最判昭和44年6月24日民集23巻7号1079号)は、「債権者が債務者に対する金銭債権に基づいて債務者の第三債務者に対する金銭債権を代位行使する場合においては、債権者は自己の債権額の範囲においてのみ債務者の債権を行使し得るものと解すべきである」と解しており、本条は、この判例法理を条文上明らかにしたものです。この判例法理においては、被代位権利が金銭債権である事案を念頭に置いていましたが、これをより一般化して、「被代位権利の目的が可分であるとき」という要件が採用されました。 

(2) 実務への影響

 本条は、従来の判例法理を明文化するものと考えられるため、実務に影響を及ぼすことはないと考えられます。

 

4 債権者への支払又は引渡し(423条の3)

改正後の民法423条の3の規定の内容は、以下のとおりです。 

民法423条の3 (債権者への支払又は引渡し)

 債権者は、被代位権利を行使する場合において、被代位権利が金銭の支払又は動産の
引渡しを目的とするものであるときは、相手方に対し、その支払又は引渡しを自己に対してすることを求めることができる。この場合において、相手方が債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、被代位権利は、これによって消滅する。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 現行法において、判例(大判昭和10年3月12日民集14巻482頁)は、債権者が被代位権利の目的物を自己の直接引き渡すよう求める旨を判示しており、本条は、この判例法理を条文上明らかにしたものです。
 また、当該判例法理は、代位行使の相手方が代位債権者に直接引渡しをしたときには、それによって被代位権利が消滅することを当然の前提としていることから、本条後段において、その点も併せて明文化しました。
 第三債務者からの直接引渡しを受領した代位債権者は、当該受領金等の債務者への返還債務を負いますが、原則として、この返還債務と被保全債権を相殺することにより、改正民法下におけるのと同様、被保全債権を回収することができるものと解されています(事実上の優先弁済)。

 

(2) 実務への影響

 本条は、従来の判例法理を明文化するものと考えられるため、実務に影響を及ぼすことはないと考えられます。ただし、事実上の優先弁済については、債権者が被代位権利を行使し、相手方に対して直接の金銭の支払を求めたとしても、相手方は債務者に対して履行することができるし、債務者は相手方からの履行を受領することができる(民法423条の5参照)ので、この場合には、事実上の優先弁済が認められる場面が縮小しているという指摘があり、また、「仮に相殺禁止に関する明文の規定を置かないとしても、相殺権濫用の法理などによって相殺が制限されることも考えられ」る(法務省民法(債権関係)部会資料(以下「部会資料」)73A 31ページ)と指摘されていることに留意が必要です。

 

5 相手方の抗弁(423条の4)

改正後の民法423条の4の規定の内容は、以下のとおりです。

民法423条の4 (相手方の抗弁)

 債権者が被代位権利を行使したときは、相手方は、債務者に対して主張することができる抗弁をもって、債権者に対抗することができる。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

 現行法において、判例(大判昭和11年3月23日民集15巻551頁)は、代位行使の相手方は債務者に対する抗弁をもって代位債権者に対抗することができる旨を判示しており、本条は、この判例法理を条文上明らかにしたものです。
 また、本条は、第三債務者が代位債権者に対して主張できる抗弁をもって対抗することはできない旨を含意するものと考えられます(潮見佳男「民法(債権関係)改正法の概要」(きんざい、2017)80頁)

 

(2) 実務への影響

 本条の改正による実務への影響はないと考えられます。

 

6 債務者の取立てとその他の処分の権限等(423条の5)

改正後の民法423条の5の規定の内容は以下のとおりです。

民法423条の5 (債務者の取立てとその他の処分の権限等)

 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。

 

(1)改正の内容及び趣旨

 現行法下における判例法理では、債権者が代位行使に着手し、債務者がその通知を受けるか、またはその権利行使を了知したときは、債務者は被代位権利の取立てその他の処分の権限を失うものとされていました(大半昭和14年5月16日民集18巻557頁)。
 しかし、債権者代位権は、債務者が自ら権利行使をしない場合に限ってその代位行使が認められるものであり、もともと債務者の権利行使の巧拙などには干渉できないものであることからすれば、債務者の処分権限を奪うのは過剰な規制であると考えられます。また、債務者の処分権限の制限といった重大な効果を発生させるためには、手続の整備された差押えや仮差押えをなすべきとも考えられます。そのため、債権者代位権の行使の着手によって債務者の処分権限を制限することは根拠に欠けると考えられます。
 そのため、本条は、債務者の取立てその他の処分の権限が制限を受けないこと及び第三債務者に弁済禁止効が生じないことを明文化したものです。

 

(2) 実務への影響

 現行法下において、債権者代位権の行使の着手があった場合には、、第三債務者の債務者に対する弁済が禁止される旨を判示した裁判例が存在しました(東京高判昭和60年1月31日判時1142号53頁)。本条の改正は、このような裁判例の考え方を変更するものであるため、実務への影響も考えられます。
 もっとも、現行法下において、債務者の処分制限効に依拠して債権者代位権を行使する実例はほとんどなかったと考えられ、第三債務者の弁済禁止効については定説といえるものはありませんでした。そのため、債権者代位権は、第三債務者が債務者に弁済してしまうリスクを包含した制度であり、そのようなリスクを回避するためには、仮差押えの処分制限効(民事保全法50条1項参照)等の制度が活用されてきたものと考えられます。また、債権者は、第三債務者による弁済のみならず債務者による取立てその他の処分を禁止するために、債務者に対する債権(被代位債権)につき債務名義を得た上で、第三債務者に対する債務者の債権(被代位債権)に対して差押えを行うことが可能です(民事執行法145条1項参照)。
 本条では、処分禁止効が明確に否定されていますが、これまでにこのような実務対応がなされていたとすれば、第三債務者が債務者に弁済してしまうリスクに対しては同様の対応が採られるため、実務への影響は小さいと考えられます。

 

7 被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知(423条の6)

改正後の民法423条の6の規定の内容は、以下のとおりです。

民法423条の6 (被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知)

 債権者は、被代位権利の行使に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。

 

(1)改正の内容及び趣旨

 現行法下において、債権者代位訴訟における代位債権者の地位は、株主代表訴訟における株主と同様に法定訴訟担当と解されており、その判決の効力は代位債権者敗訴の場合も含めて被担当者である債務者にも及ぶと解されています(民事訴訟法115条1項2号)。
 株主代表訴訟については、会社法849条4項が株主代表訴訟を提起した株主に会社への訴訟告知を義務付けていますが、現行法においては、債権者代位訴訟を提起した債権者に債務者への訴訟告知を義務付ける規定がなく、債務者の手続保障の観点から問題があるとの指摘がなされていました。
 本条は、債権者に訴訟告知を義務付けることにより、判決効が及ぼされる債務者の手続保障を確保する趣旨の規定です。
 なお、改正法においても、債権者代位訴訟を法定訴訟担当の一種ととらえることが前提とされていますが、債務者が被代位権利の管理処分権を失わない(改正法423条の5)ことから、訴訟告知を受けた債務者が債権者代位訴訟に加入する際の加入形態に改正前との違いを生じるものと考えられています。
 すなわち、改正法下おいては、補助参加(民事訴訟法42条)、独立当事者参加(同法47条1項。ただし、被保全債権の存在を争う場合に限られます。)のほか、共同訴訟参加(同法52条1項)が認められます。
 また、代位債権者が訴訟告知をしない場合の効果が問題となりますが、債務者の手続保障や第三債務者の応訴負担の観点から訴訟告知がない限り、訴えを却下することが妥当であるとの指摘があります(日本弁護士連合会編「実務解説改正債権法」(2017、初版、弘文堂)165頁)。
 

(2)実務への影響

 本条により、債権者代位訴訟における代位債権者に、訴訟告知を実施する負担が生じることになります。また、訴訟告知を受けた債務者が債権者代位訴訟に加入する際に、補助参加、独立当事者参加、共同訴訟参加のいずれの形態を選択すべきかについて注意が必要です。

 

8 登記又は登録の請求権を保全するための債権者代位権(423条の7)

改正後の民法423条の7の規定の内容は以下のとおりです。

民法423条の7 (登記又は登録の請求権を保全するための債権者代位権

 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者は、その譲渡人が第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利を行使しないときは、その権利を行使することができる。この場合においては、前3条の規定を準用する。

 

(1) 改正の内容及び趣旨

  本来、債権者代位権の制度は、債務者の責任財産保全して強制執行の準備をすることを目的としていますが、判例上、不動産登記請求権を被保全債権として、不動産登記請求権の代位行使ができるものとされ、一定の場合に、債務者の責任財産保全を目的としない債権者代位権(債務者の無資力要件を代位の要件としない債権者代位権の転用)が認められていました。
 本条は、判例により認められていた、不動産登記請求権を被保全債権とする不動産登記請求権の代位行使を明文化し、その要件と効果を明らかにしたものです。
 なお、本条の検討に当たっては、この類型のほか、転用型債権者代位権の一般的要件について規定を設けることも検討されましたが、その要件につき、適用範囲が不明確とならないように条文の文言を規定することが困難であることに加え、規定すべき要件(とりわけ、他に適切な手段がないことを要するという補充性の要件)について意見の一致を見ることができなかったため、改正が見送られました(部会資料73A 36頁、中間試案補足説明159頁参照)。
 もっとも、本条は、現行法下において判例上認められてきた他の転用例を否定する趣旨ではなく、例えば、債権者譲渡通知請求権を被保全債権とする債権譲渡通知請求権の代位行使も、改正法下において認められますし、個別類型での転用の可否については、なお、解釈に委ねられていると考えられます。

 

(2) 本条の内容

 「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者」とは、登記・登録の請求権を債務者に対して有しているものを意味します。例えば、AがBに対して甲土地を譲渡し、BがこれをCに転売した場合、「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産」とは甲土地、この「財産を譲り受けた者」とはC、「その譲渡人」とはB、「第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利」とはBがAに対して有している登記請求権を指します。なお、「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産」には、「登記又は登録をしなければ効力を生じない財産」(例えば、特許法66条1項、企業担保法4条1項など)も含まれると考えられています(前掲潮見「民法(債権関係)改正法の概要」83頁)。

 

(3) 実務への影響

 本条は、債権者代位権の代表的な転用事例を明文化するものであり、従前からの実務に変更をもたらすものではなく、また、これまで認められてきた他の転用例を否定するものではないため、実務への影響はほぼないものと考えられます。

 

(弁護士 川村 一博)

民法改正ブログ 第4回 【契約の解除、危険負担、受領遅滞】

今回は、「契約の解除」、「危険負担」、「受領遅滞」に関する改正について説明します。

第1 契約の解除についての改正

 契約の解除については、①契約の解除の要件、②原状回復義務の範囲及び③解除権の消滅について改正が行われました。

1 契約の解除の要件の改正

(1) 債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合でも契約の解除をできることとしたこと

  まず、個別の契約の解除の要件の改正について説明する前に、全体的な契約の解除の要件に関する改正について説明します。

第543条(債権者の責めに帰すべき事由による場合)

債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前2条の規定による解除をすることができない。

 

ア 改正点

改正法では、債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合にも契約の解除をすることができることとし、例外的に、債権者に帰責事由がある場合にのみ契約の解除をすることができないこととしました。

 

イ 説明

 現行法では、債務不履行があった場合でも債務者に帰責事由がないときは、債権者は契約の解除をすることができない(履行不能による解除については明文の定めがあります〔現行法543条〕)ものと解されていました。
 しかし、このように解すると、債権者は、天災等の不可抗力によって債務者において債務を履行する見込みが立っていない場合でも、契約を解除して他の取引先と契約をする等の対応に躊躇せざるを得ない事態が生じていることが指摘されていました。
 また、解除制度の意義は、債務の履行を怠った債務者に対する制裁ではなく、債権者を契約の拘束力から解放することにあると理解すれば、債務者に帰責事由があることは理論的にも解除のための必須の要件ではないと考えられます。
 そこで、改正法では、債務不履行があれば債務者に帰責事由がない場合でも、契約の解除をすることができることとされました。
 他方で、債務不履行について債権者に帰責事由がある場合にまで債権者を契約の拘束力から解放することを認めれば、債権者が故意に債務の履行を妨げて契約の拘束力から免れることが可能となってしまい、信義則・公平の観点から相当ではありません。そこで、改正法は、債権者に債務不履行について帰責事由がある場合には、例外的に、契約の解除をすることができないものとしました(改正法543条。なお、現行法543条ただし書は削除され、現行法543条本文において規定されていた内容は、改正法542条1項1号及び2項1号として定められています。)。

 

 なお、改正法においては、債務不履行についての帰責事由は、①債権者にある場合、②債務者にある場合及び③双方にない場合のいずれかであることを前提に整理されており、実際には、債務不履行についての帰責事由が双方にあるというケースも考えられますが、その場合でも、その原因や寄与の度合いに応じて、①~③のいずれかに振り分けることとされています(筒井健夫=村松秀樹『一問一答 民法(債権関係)改正』235頁(注3)〔商事法務、2018〕)。

 

(2) 催告による解除(催告解除)について、債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができないこととしたこと

第541条(催告による解除)

当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りではない。

 

ア 改正点

改正法では、現行法541条を維持した上、ただし書として、催告後相当期間経過時における債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができない旨の規定を加えました。

 

イ 説明

 現行法541条(履行遅滞等による解除。なお、改正法541条では、見出しが、「履行遅滞等による解除」から「催告による解除」と改正されました。)においては、債務不履行を理由とする契約の解除をするために必要な債務の不履行の程度を定める規定はありませんが、判例(大判昭和14年12月13日判決全集7輯4号10頁、最判昭和36年11月21日民集15巻10号2507頁等)は、不履行の部分がわずかな場合や契約の目的を達するために必須とは言えない付随的な義務の不履行の場合には、契約の解除を制限していました。
 そこで、改正法では、催告解除の要件を具体化する観点から、判例の基本的な考え方を前提に催告解除が制限される要件を明文化しました。
 具体的には、現行法541条に、ただし書として、催告後相当期間経過時における債務不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には、債権者は契約の解除をすることができない旨の規定を加えました。

 ◆「軽微」の判断方法について

 債務不履行が「軽微」であるかどうかは、解除の対象とされた「契約及び取引上の社会通念」に照らして判断するものとされており、契約書の文言のみならず当該契約に関する一切の事情をもとに、当該契約についての取引上の社会通念をも考慮して、総合的に判断されることになります。
 そのため、たとえば、ある製品の制作のために必要な部品を供給する契約において、債務者が納品した部品の数量の不足が僅かであったとしても、不足分が当該製品の制作のために必要不可欠な場合には、「契約及び取引上の社会通念」に照らして「軽微」とはいえないとされることもあり得ます(筒井=村松・前掲236頁(注1))。

 ◆「軽微」の判断基準時について

 債務不履行が「軽微」であるかどうかの判断基準時は、催告後相当期間経過時です。そのため、債権者が債務の履行を催告した時点の債務不履行の程度が軽微とは言えない場合でも、その後、債務者が一部履行をした等により、相当期間経過時には債務不履行の程度が軽微と判断される場合には、解除が認められないということも考えられます(日本弁護士連合会『実務解説 改正債権法』126頁〔弘文堂、2017〕。

 

 

(3) 催告によらない解除(無催告解除)について要件を整理したこと

第542条(催告によらない解除)

1 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。

 一 債務の全部の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。

 四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。

 五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。

 一 債務の一部の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 

ア 改正点

 改正法では、現行法で無催告解除が明文で認められている定期行為の履行遅滞による解除(現行法542条)及び履行不能による解除(同法543条)に加えて、債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき、債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき及びこれらのほか、債務者が債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるときにも、無催告で契約の全部の解除をすることができることとしました。
 また、債務の一部の履行が不能であるとき及び債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときには、無催告で契約の一部の解除をすることができることとしました。

 

イ 説明

 現行法では、債務不履行による契約の解除については、原則として催告を要するとしたうえで、定期行為の履行遅滞(現行法542条)及び履行不能(現行法543条)の場合のみ、明文で催告を要しないとしていました。
 これは、催告により改めて債務者に履行の機会を与えても、債務者は履行をすることができないか、債務者が履行をしても契約の目的を達成されることがないという趣旨によるものですが、このような趣旨に鑑みれば、現行法に明文の定めがある場合のみならず、債務者に履行の機会を与えても無意味な場合には、無催告解除を認めるのが合理的です。
 そこで、改正法では、無催告解除の要件を整理し、以下のとおり、定期行為の履行遅滞(改正法542条1項4号)及び履行不能(同項1号)の場合のみならず、無催告解除が認められる場合を具体的に定めました。

 ①債務の全部の履行が不能であるとき(改正法542条1項1号)。

 ②債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)。

 ③債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき(同項3号)。

 ④契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約の目的を達成することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき(同項4号)

 ⑤これらのほか、債務者が債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき(同項5号)。

 

 また、上記は契約の全部の解除が認められる場合ですが、改正法は、以下の場合には、無催告で契約の一部を解除することができることとしました。

 ①債務の一部の履行が不能であるとき(同条2項1号)。
 ②債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)。

 

 なお、改正法542条1項3号は、履行の一部に不能がある場合でも契約の全部を解除することができることを定めたものです。



 ◆改正法542条1項5号が適用される対象

 改正法542条1項5号が適用される対象は、同項1号から4号には該当しないが、「債務の不履行それ自体によりもはや契約をした目的を達することができないと評価されるため催告要件を課すこと自体が不適切である場合」とされており、例えば、大型機材を用いたビルの清掃業務の委託契約において、債務者の従業員がその不注意によってビル内の人に大怪我を負わせた場合等が想定されています(部会資料68A・24頁)。
 また、債務について不完全履行がされたが、その履行の追完は不能である場合は、現状以上の状態になることは客観的に想定されないため、その状態の程度によっては、改正法542条1項5号に該当するものとして、無催告解除をすることができるものと考えられます。
 なお、このように考えると、不完全履行ではあるが契約の目的を達成することができる場合に契約の解除をしようとするときは本条によることができないため、改正法541条により、追完が不能であるのに催告をして契約を解除しなければならないという不合理な状態が生じるようにも思われますが、その場合には、そもそも債務不履行の程度が「軽微」なものとして、催告解除自体が許されないと考えられます(筒井=村松・前掲239頁(注2))。

 

2 原状回復義務の範囲についての改正

第545条(解除の効果)

1 (現行法1項と同じ。)

2 (現行法2項と同じ。)

3 第1項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。

4 (現行法3項と同じ。)

 

(1) 改正点

現行法545条1項に基づく原状回復義務により金銭以外の物を返還するときも、その受領の時以後に生じた果実を返還しなければならないことを条文上明記しました。

 

(2) 説明

 現行法541条2項は、同条1項に基づく原状回復義務により金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない旨を定めていましたが、金銭以外の物を返還するときの果実の返還については明文の定めはありませんでした。
 しかし、通説は、金銭以外の物を返還するときもその受領の時以後に生じた果実を返還しなければならないと解していたため、改正法では、その趣旨を条文上も明記することとしました。

 

 

3 解除権の消滅についての改正

第548条(解除権者の故意による目的物の損傷等による解除権の消滅)

解除権を有する者が故意若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。ただし、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは、この限りではない。

 

(1) 改正点 

解除権を有する者の解除権が消滅する場合を定めた現行法548条1項を維持しつつ、ただし書として、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは解除権が消滅しない旨の規定が新設されました。また、これに伴い、契約の目的物が解除権を有する者の行為又は過失によらないで滅失し、又は損傷したときは、解除権は消滅しない旨を定めた現行法548条2項は削除されました。

 

(2) 説明

 現行法548条1項は、解除権者が自己の行為若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、又は返還することができなかった等の場合に、解除権が消滅する場合を定めていました。その趣旨は、同項に定める場合は、解除権者は解除権を黙示に放棄したといえることや解除による原状回復として契約の目的物を従前の状態で返還することができないのに、解除を認めると相手方との公平を害することにあるとされていました。
 しかし、解除権者が解除権を有することを知らない場合にまで、解除権を黙示に放棄したと評価するのは相当ではないこと、また、目的物を著しく損傷等した場合には、解除権者は解除による原状回復として目的物の価額を償還する義務があると解され、解除を認めても相手方との公平をそれほど害するとは言えないことから、同項の規律を変更することが検討されました。
 そこで、上記を踏まえ、現行法548条1項の規定を維持しつつ、ただし書として、解除権を有する者がその解除権を有することを知らなかったときは解除権が消滅しない旨の規定が新設されました。

 また、現行法548条2項は、同条1項の要件を充足しない場合の一場面のみを取り出したものにすぎないため、解釈上、無用の混乱を招きかねないとして削除されました。

 

 

第2 危険負担に関する改正

 危険負担については、①債権者主義を定めた規定(現行法534条、535条)の廃止、②危険負担の効果について改正が行われました。

 

1 債権者主義を定めた規定の廃止

(1) 改正点 

改正法では、特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときに、債務者が反対給付を失わない(債権者主義)旨を定めていた現行法の規定(現行法534条及びこれに関連する535条)を削除しました。

 

(2) 説明

 現行法は、危険負担について債務者主義を原則とし(現行法536条1項)、他方で、特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは債務者は反対給付を失わない旨を定める等(現行法534条1項、535条1項・2項)して、例外的に債権者主義を採用していました。
 しかし、債権者主義を定めた現行法534条1項によれば、たとえば、建物の売買契約の締結直後にその建物が地震によって滅失した場合にも買主はなお代金を支払う必要がありますが、目的物の引渡しも受けず、自己の支配下に置いていない買主(債権者)に過大なリスクを負わせるものであって不当であるという批判が強くなされていました。また、債権者主義の根拠は、契約締結後に目的物の価格が高騰等した場合の利益を債権者は受けることができるのであるから、目的物の滅失等による損失も債権者が負担すべきである等と説明されていたが、両者は次元の異なる問題であって、比較すべきではないとされていました。
 そこで、改正法では、債権者主義を定めた規定(現行法534条及びこれに関連する535条)を削除しました。

 改正法の下では、債権者主義を定めた規定の削除によって、従前、現行法534条及び535条が適用されていた場面でも、536条により規律されることになります。
 ただし、特定された目的物の滅失等についての危険の移転については、売買に関する改正法567条(同条は性質の許す限りにおいて有償契約に準用されます〔改正法559条〕)が新設されており、この改正法567条によって規律されることになります。)

 

2 危険負担の効果に関する改正

第536条(債務者の危険負担等)

1 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 

(1) 改正点

改正法では、危険負担の効果について、現行法の定める反対給付債務の消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与と改められました。

 

(2) 説明

 現行法536条1項は、危険負担の効果について、当事者双方の帰責事由によらずに債務者の債務が履行不能となったときは、債権者の反対給付債務も消滅する旨を定めていました。
 しかし、改正法では、債務者に帰責事由がなくとも、債権者は契約の解除をすることができることとされたため(改正法541~543条)、現行法536条1項をそのまま維持すると、契約の解除によって債権者は自己の反対給付債務を負わないこととなる一方で、危険負担によって債権者の反対給付債務は当然に消滅することになり、制度の重複が生じることになってしまうことになりました。そのため、危険負担の制度は廃止することも検討されましたが、債権者は、現行法においては反対給付債務が当然に消滅していた場面においても、解除の意思表示をしなければならず、実質的な負担を増加させるおそれがあること及び複数の債権者の全員による解除権の行使が必要とされる場面(現行法544条)において、債権者の1名が行方不明等の場合には、解除権の行使が事実上困難となるという不都合も生じ得ます。
 そこで、改正法536条1項では、危険負担の効果を、反対給付債務の消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与に改めました。
 これにより、債権者は、債務者に帰責事由がない場合には、危険負担に基づき、反対給付債務の履行を拒むことができる上、契約の解除により、反対給付債務を確定的に消滅させることができることとなりました。
 なお、改正法536条2項について、同条1項の上記改正に伴い、字句の修正が行われています。

 

 上記に関する改正法と現行法の扱いを整理すると、下記の表(日本弁護士連合会・前掲141頁から引用の上、一部記載を変更)のとおりとなります。

履行不能の原因

改正法

現行法

当事者双方に帰責事由なし

・債権者の反対給付債務は、当然には消滅しない。ただし、債権者は、履行を拒絶することができる(本条1項)。

・債権者が反対給付債務を消滅させるためには、契約の解除をする必要がある(改正法542条1項1号)。

・債権者の反対給付債務は当然に消滅する(現行法536条1項)。

・債権者は、契約を解除する必要はない。

債権者に帰責事由あり

・債権者の反対給付債務は消滅せず、債権者は、履行を拒絶することができない。ただし、債務者は、自己の債務を免れたことによって得た利益を債権者に償還する必要がある(改正法536条2項後段)

・同左(現行法536条2項)

債務者に帰責事由あり

・債権者の反対給付債務は、当然には消滅しない。

・債権者が反対給付債務を消滅させるためには、契約の解除をする必要がある(改正法542条1項1号)。

・同左(現行法543条本文)

 
 ◆雇用契約において、使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労務を提供できなくなった場合の労働者の使用者に対する賃金請求と改正法536条2項の関係
 改正法536条2項においては、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときについて、現行法536条2項に定める「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」との文言から「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」との文言に改正されています。しかし、これは、危険負担の効果を履行拒絶権の付与と改めた改正法536条1項の改正に伴って字句を修正したものにすぎません。
 そのため、現行法536条2項を根拠として、雇用契約において労働者が使用者の責めに帰すべき事由により労務の提供ができない場合、労働者は、労務の提供がないとしても、使用者に対して、賃金債権の履行を請求することができるとの解釈は、改正法の下でも維持されるものと解されています(筒井=村松・前掲229頁)。


第3 受領遅滞についての改正
 

第413条(受領遅滞)

1 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。

2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。

 

第413条の2(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由)

1 債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす

 

(1) 改正点

改正法413条1項・2項及び413条の2第2項において、判例及び一般的な解釈に従って認められている受領遅滞の3つの効果が明文化されることになりました。

 

(2) 説明

 受領遅滞の効果については、様々な議論があるものの、判例及び一般的な解釈によれば、次の3つの効果が認められているところ、現行法413条は「遅滞の責任を負う。」とのみ定めており、この文言から、これらの効果を読み取ることは困難でした。

 

(受領遅滞の効果)

①特定物の引渡債務の債務者は、受領遅滞となった後は、善管注意義務(改正法400条)ではなく、自己の財産に対するのと同一の注意をもって目的物を保存すれば足りる。

②受領遅滞により増加した債務の履行費用は、債権者の負担となる。

③受領遅滞となった後に当事者双方の責めに帰すことができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行不能は債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる。

 

 そこで、改正法413条1項・2項及び413条の2第2項では、これらの受領遅滞の効果を明文で定めることとされました。
 なお、改正法413条の2第1項は、受領遅滞ではなく履行遅滞の場合の規定であり、債務者が履行遅滞である場合に当事者双方の責めに帰すことができない事由によってその債務の履行が不能となった場合には、その履行の不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなすものです。

 
 ◆受領遅滞について債権者に帰責事由がない場合の受領遅滞の効果の有無
 受領遅滞について債権者に帰責事由がない場合にも、上記の受領遅滞の効果が生じるかどうかは、改正法の下でも引き続き解釈に委ねられますが、判例(最二小判昭和40年12月3日民集19巻9号2090頁)は、受領遅滞と債務不履行とは別であるとしているため、債権者に帰責事由がない場合でも受領遅滞の効果が発生するとの立場であると解されています(筒井=村松・前掲73頁)。

 ◆受領遅滞に基づく債務者の損害賠償請求及び契約の解除の可否
 受領遅滞に基づいて、債務者が債権者に対して損害賠償請求や契約の解除をすることができるかどうかについては、改正法の下でも引き続き解釈に委ねられますが、判例(前掲・最二小判昭和40年12月3日)は、基本的に、損害賠償請求や契約の解除をすることはできないと解しています(筒井=村松・前掲73頁)。

(弁護士 小林 隆彦)

民法改正ブログ 第3回 【債権の目的、法定利率】

 今回は、「債権の目的」「法定利率」に関する改正の中から、不能による選択債権の特定について定めた410条と、法定利率の改正に関し、404条、419条1項及び417条の2についてご説明します。

 

1 不能による選択債権の特定(410条)

第410条(不能による選択債権の特定)

 債権の目的である給付の中に不能のものがある場合において、その不能が選択権を有する者の過失によるものであるときは、債権は、その残存するものについて存在する。

 

(1) 改正点

・改正法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権者の選択権は存続することになったため、選択権者は不能の給付を選択することができるようになりました。

 

(2) 説明

 
現行法では、選択債権の目的である数個の給付の中に不能のものがある場合、原則として、選択権は消滅して残存する給付が当然に債権の目的となり(現行法410条1項)、選択権を有しない当事者の過失により給付が不能となったときに限り、選択権は存続し、選択権者は不能となった給付を選択することができます(現行法410条2項)。つまり、現行法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権は消滅して残存する給付が当然に債権の目的となります(現行法410条1項)。しかし、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合に、不能の給付を選択する方が選択権者に有利なこともあり得ます。また、これを認めても選択権者でない当事者は元々、選択権者による自由な選択権の行使を受忍する立場にあった以上、特段の不利益はないといえます。
 このような考えから、改正法では、選択権を有する者の過失により給付が不能となったときに限り、選択権が消滅して残存する給付が当然に債権の目的になることとされました(改正法410条)。つまり、改正法では、いずれの当事者の過失によらずに給付が不能となった場合、選択権は存続することになったため、選択権者は不能の給付を選択することができるようになりました。例えば、買主A(選択権者)が売主Bから、目的物である甲又は乙を購入する契約において、乙の履行を受ける必要がなくなったため、甲を選択しようとしたところ、いずれの当事者の過失によらずに甲の履行が不能となった場合、買主Aとしては、甲を選択した上で、履行不能を理由として契約を無催告で解除することができます(改正法542条1項1号)。また、売主B(選択権者)が乙の引渡しをすることが不都合となったため、甲を選択しようとしたところ、いずれの当事者の過失によらずに甲の履行が不能となった場合、売主Bとしては、甲を選択して引渡しをしないことが可能です。

 

2 法定利率に関する改正(404条、4191項、417条の2

第404条(法定利率)

1 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。

2 法定利率は、年3パーセントとする。

3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を1期とし、1期ごとに、次項の規定により変動するものとする。

4 各期における法定利率は、この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し、又は減算した割合とする。

5 前項に規定する「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月までの各月における短期貸付けの平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が1年未満のものに限る。)に係る利率の平均をいう。)の合計を60で除して計算した割合(その割合に0.1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)として法務大臣が告示するものをいう。

 

(1) 改正点

・改正法では、法定利率が現行法の5%から3%となり、以後、3年ごとに見直されることになりました。また、商事法定利率を定めた商法514条は削除されることになります。なお、法定利率の算定方法について詳細な規定が定められていますが、実務上は、周知された法定利率を確認することで対応可能でしょう。また、404条は任意規定であるため、利息計算を簡便にするために約定利率を定めておくことが考えられます。

 

(2) 説明

ア 算定方法

 
現行法では、法定利率は5%と定められていますが、昨今の市中金利を大きく上回る状態が続いているため、法定利率は3%に引き下げられました(改正法404条2項)。
 もっとも、市中金利は今後も大きく変動する可能性があるため、3%に固定するのではなく、3年を1期として1期ごとに法定利率の見直しを行う(変動利率制)ことになりました(改正法404条3項)。具体的には、各期の法定利率は、法定利率に変動があった期のうち直近の期(以下「直近変動期」といいます。なお、改正法施行後、最初の変動があるまでは、改正法施行後の最初の期を意味します〔改正法附則15条2項〕。)における「基準割合」と、当期における「基準割合」との差(要するに、基準割合の金利差)が1%以上となった場合に、その差(1%未満の端数は切り捨てる〔改正法404条4項〕)を、直近変動期における法定利率(最初は3%〔改正法附則15条2項〕)に加算又は増減した割合が法定利率となります(改正法404条4項)。この点、「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、過去5年間における短期貸付けの平均利率の合計を60で除して計算した割合として法務大臣が告示するものを意味します。
 なお、施行日(平成32年(2020年)4月1日)前に利息が生じた場合は、現行法の法定利率(年5%)が適用されます(改正法附則15条1項)。
 また、民事法定利率の改正に伴い、商事法定利率を定めた商法514条は削除されることになります(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律3条)。

 

 以上を図示すると、以下の図のとおりになります。

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出典:法務省民法(債権関係)部会資料81B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(17)」3頁の図1を参考に筆者作成

 

 要するに、「基準割合」の金利差が1%以上となった場合に法定利率が変動することになります。
 なお、法定利率が変動した場合における変動後の法定利率の周知方法については、改正法施行後の状況を勘案し、必要に応じた対応を検討することとされていますので(平成29年5月25日付け参議院法務委員会附帯決議)、実務上は、周知された法定利率を確認することで対応可能でしょう。
 また、404条は任意規定であるため、利息計算を簡便にするために約定利率を定めておくことが考えられます。

 

イ 基準日

 
上記アのような変動利率制の下では、どの時点の法定利率が適用されるかが重要となりますが、利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、「その利息が生じた最初の時点」の法定利率が適用されます(改正法404条1項)。「その利息が生じた最初の時点」とは、「利息を支払う義務が生じた最初の時点」(利息計算の基礎となる期間の開始時点)を意味します。具体的には、利息を支払う特約がある場合には、利息は貸付金の交付時より生ずるため(改正法589条2項)、金銭交付の時点における法定利率が適用され、元本債権が存続している間に法定利率が変動したとしても、その債権の利息の算定に適用される利率は変動しません。

 

ウ 法定利率(404条)の改正に伴う改正
 

 法定利率(404条)の改正に伴い、①金銭債務の特則(419条1項)と、中間利息の控除(417条の2)に関する改正が行われました。

 詳細は以下のとおりです。

① 金銭債務の特則(419条1項)

第419条(金銭債務の特則)

1 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。

2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。

3 第1項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

 

 改正法では、金銭債務の不履行についての損害賠償(遅延損害金)の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率により算定することになりました。債務不履行中に法定利率が変動したとしても、その債権の遅延損害金の算定に適用される利率は変動しません。具体的には、以下のとおりです(法務省民法(債権関係)部会資料81B 民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(17)」7頁、大村敦=道垣内弘人編『解説 民法(債権法)改正のポイント』91~92頁(有斐閣、2017)参照)。

 

 i. 期限の定めのない債務(例えば、安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務)

 債権者が履行請求をした時から遅滞となる(現行法412条3項)ため、損害賠償額の算定に用いる法定利率は請求時のものとなります(厳密に言うと、請求の到達の翌日から遅滞の責任を負うため、法定利率の基準日も履行の請求があった日の翌日となります。)。なお、不法行為に基づく損害賠償債務については、一般に不法行為時に発生し、直ちに遅滞に陥ると考えられているため、損害賠償額の算定に用いる法定利率は、不法行為時のものとなります。

ⅱ. 期限の定めのある債務

 期限が到来した時から遅滞となる(現行法412条1項)ため、例えば、金銭を支払う債務の遅滞については、支払をすべき日の翌日から遅延損害金が発生します。そのため、法定利率の基準日も支払をすべき日の翌日となります。

 なお、改正法施行日前に債務者が遅滞の責任を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権の法定利率は改正法施行後も年5%のままとなります(改正法附則17条3項)。

 

② 中間利息の控除(417条の2)

第417条の2(中間利息の控除)

1 将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。

2 将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。

 

 損害賠償額の算定に当たり、逸失利益(例えば、事故の被害者が事故に遭わなければ将来、得ていたはずの収入)については、将来の収入を現在受領すると、利息相当分が有利になるので、その部分を控除した額が賠償されるべき金額とされますが、これを、中間利息の控除といいます(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法―総則・物権・債権― 〔第5版〕』1487頁(日本評論社、2018)参照)。
 中間利息の控除について、判例最判平成17年6月14日民集59巻5号983頁)は、民法所定の法定利率を用いるべきであるとしていましたが、改正法417条の2は、これを明文化した上で、中間利息の控除の際の法定利率は、損害賠償請求権が発生した時点における法定利率を用いることにしました(同条1項。なお、同条2項にいう「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額」とは、例えば、事故の被害者が将来、負担することになる介護費用などです。)。例えば、不法行為の場合には、不法行為の時点であり、債務不履行の場合には不履行の時点となるものと解されます(大村敦=道垣内弘人編『解説 民法(債権法)改正のポイント』94頁〔大澤彩〕(有斐閣、2017)参照)。
 損害賠償請求権発生後に法定利率が変動したとしても、中間利息の控除の算定に適用される利率は変動しません。
 また、改正法722条1項により、本条は不法行為に基づく損害賠償の場合にも準用されます。
 なお、改正法施行日前に生じた将来において取得すべき利益又は負担すべき費用についての損害賠償請求権については、本条は適用されません(改正法附則17条2項)。

 

(弁護士 赤木 貴哉)

民法改正ブログ 第2回 【法律行為の無効及び取消し】

 今回は、「法律行為の無効及び取消し」に関する改正の中から、法律行為が無効とされた場合における給付の返還義務の範囲について定めた改正民法121条の2についてご説明します。

1 条文

第121条の2(原状回復の義務)

1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

 

2 事例

 Xが、Yとの間で中古車を売却する売買契約を締結し、Yに対して中古車を引き渡し、Yから売買代金を受領しました。その後、Xは錯誤を理由に当該売買契約を取り消そうとしましたが(改正民法95条1項。改正民法は、錯誤を意思表示の取消事由としています。)、XがYに対して取消しの意思表示をした時点で、既に中古車は落雷によって大破し、廃車となっていました。
 この場合において、X及びYは、互いに対してどのような義務を負うでしょうか。

3 現行民法の規律及び改正の経緯

 ある法律行為が無効とされる場合(取り消されて無効となる場合を含みます。)、その法律行為に基づく給付を受けた当事者(以下「受益者」といいます。)は受けた給付を返還する義務を負います。この返還義務は不当利得返還義務の性質を有すると解されていますが、現行法下においては、具体的な返還義務の範囲について争いがありました。
 すなわち、不当利得の一般規定である民法703条及び704条は、善意の受益者が負う返還義務の範囲を現存利益(「その利益の存する限度」)に限定しているため、同条を素直に適用すれば、法律行為が無効であることについて善意の受益者は、受領した給付又はその代替物が現存する限度で返還義務を負うこととなります。
 の事例においては、Yは法律行為が無効であることについて善意であり、受領した給付である中古車は廃車となってしまってYに現存利益はないのですから、YはXに対して何らの返還義務を負わないこととなります。他方、XはYに対して売買代金を返還する義務を負います。
 しかし、主要な学説は、両当事者が互いに対価的な給付をしているのに一方のみが返還を免れるのは不公平である(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』35頁(注4)(商事法務、2018))、受益者が自ら支配する目的物の滅失の危険を相手方に転嫁させる理由はないなどとして(窪田充見ほか編『新注釈民法(15)債権(8)』118頁〔藤原正則〕(有斐閣、2017))、の事例の売買契約のように両当事者が互いに対価的な給付をする法律行為が無効とされた場合には、民法703条及び704条は適用されず、両当事者は、相手方を原状(給付がされる前の状態)に復させる義務を負うと主張してきました(窪田ほか・前掲119頁)。

4 改正の内容

 このような学説の主張を受け、改正民法121条の2は、法律行為が無効とされた場合の返還義務の範囲について以下のように定めました。

(1) 原則(改正民法121条の21項)
 
まず、第1項において、売買契約等の有償行為(当事者が互いに対価的な給付をする行為)が無効とされた場合においては、受益者は原状回復義務を負うことを定め、その善意悪意を問わず返還義務の範囲は、現存利益に限られないとしました。具体的には、受益者が現物を保持しているときは現物を返還すべきであり、滅失等により現物返還が不可能なときは当該現物の客観的価額を償還する義務を負うこととなります(『民法(債権関係)部会資料66A』36頁、四宮和夫=能見善久『民法総則』339頁(弘文堂、第9版、2018))。
 したがって、の事例においては、Yは甲の客観的価額をXに償還すべきこととなります。
 なお、第1項の適用対象が有償行為であることや、返還義務の範囲が現存利益に限定されないことは、第1項の文言のみからは必ずしも明らかではありませんが、次に述べる第2項の文言との対比から明らかです。

 

(2) 無償行為に基づく給付の返還義務についての特則(改正民法121条の22項)
 
 
第2項においては、贈与契約等の「無償行為」(当事者の一方のみが給付をし、他方が対価性を持つ給付をしない行為)が無効である場合における、無効・取消事由について善意の受益者の返還義務の範囲を「現に利益を受けている限度」(現存利益)に限定しています。
 このように返還義務の範囲を限定されたのは、無償行為が無効である場合には給付を受けた一方当事者のみが返還義務を負うことから、返還義務の範囲を現存利益に限定しても当事者間に不均衡が生ずるおそれはなく、また、有償行為の場合と異なり、反対給付の返還を受けることのできない善意の受益者に原状回復義務を課すことは酷であると考えられたためです。
 なお、民法703条について、返還義務の範囲が現存利益に限定されるためには、受益者は給付を受領した時点だけでなく利益が消滅した時点でも善意でなければならないと解されており(最三小判平成3年11月19日民集45巻8号1209頁)、この解釈は改正民法121条の2第2項についても妥当するものと考えられるため、注意が必要です。

 

(3) 意思能力者及び制限行為能力者の返還義務についての特則(改正民法121条の23項)

 
第3項は、意思無能力(改正民法3条の2により意思無能力者の行為は無効とされました。)又は制限行為能力を理由として法律行為が無効とされた場合における、意思無能力者及び制限行為能力者の返還義務の範囲を現存利益に限定しています。
 この条項は、意思無能力者が適用対象に加えられた点以外は、現行民法121条ただし書と異なりません。

5 その他関連する問題

  • 契約が解除された場合(民法545条2項)と異なり、法律行為が無効とされた場合における利息や果実の取扱いについては特段の規定がないため、この点は、改正民法でも、解釈に委ねられています。占有者の果実収取権を定める民法189条及び190条を適用することが考えられますが、これらの規定は取引関係のない所有者と占有者との間に適用される規定であるとして、全ての利息や果実を返還するべきとする見解(窪田・前掲105、106頁〔藤原正則〕)が有力です。

  • 現物返還が不能となった場合における客観的価額の算定基準時についても、返還請求時とする見解と、現物返還不能時とする見解が対立していますが、この点も解釈に委ねられています(後者の見解を取るものとして、窪田・前掲104頁〔藤原正則〕)。

  • 改正民法121条の2第1項は、不当利得の一般規定の特則であると解されているため、その更なる特則として民法708条(不法原因給付)が適用されます。したがって、例えば、相手方の詐欺や強迫によって契約を締結した被害者(受益者)が契約を取り消した場合、被害者(受益者)は相手方から交付された目的物について返還義務を負わないと解されます(筒井=村松・前掲36頁(注4))。

  • 改正民法と同時に施行される消費者契約法6条の2は、改正民法121条の2第1項の特則として、消費者契約上の債務の履行として給付を受けた消費者が、事業者の不実告知や断定的判断の提供等といった不適切な勧誘行為を理由に意思表示を取り消した場合(消費者契約法4条)、善意の消費者の返還義務の範囲は、現存利益に限られると規定しています。このような場合にまで消費者に原状回復義務を負わせることは、消費者契約法が消費者保護のために取消権を認めた趣旨を没却するおそれがあるためです(消費者庁消費者制度課編『逐条解説 消費者契約法』180~183頁(商事法務、第3版、2018))。

 

消費者契約法
第6条の2(取消権を行使した消費者の返還義務)
 民法第121条の2第1項の規定にかかわらず、消費者契約に基づく債務の履行として給付を受けた消費者は、第4条第1項から第4項までの規定により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消した場合において、給付を受けた当時その意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかったときは、当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

 

(弁護士 菅原 滉平)

 

改正民法ブログ 第1回 【代理】

 祝田法律事務所所属の弁護士が、2020年4月1日施行の改正民法に関する実務上の注意点、ポイントを順次、解説していきます。
 今回は、「代理」に関する改正の中から、代理権の濫用について定めた107条についてご説明します。

1 条文

第107条 (代理権の濫用)

 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

 

2 代理権の濫用の効果

 代理権の濫用は、例えば、本人Yの代理人としての正当な権限を有する者Aが、売買の目的物を横領する目的で、Y代理人として、XからX所有の物を購入した場合などが典型例として挙げられます。
 このような場合、相手方Xは、本人Yに対して代金請求ができるでしょうか。

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 この場合、Aは、代理人として正当な購入権限を有していることから、売買の効果は本人Yに帰属し、Xは、Yに対して代金請求を行うことができるのが原則です。
 もっとも、このようなケースにおいて、相手方Xが代理人Aの意図を知っていたような場合には、Xを保護する必要性はありません。
 そこで、判例最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)は、「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする」としました。
 つまり、代理権の濫用は、心裡留保に類似することから、心裡留保に関する民法93条ただし書を類推適用して、上記の例の場合、相手方Xが、代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合は、売買は無効となり、Xは、Yに対して代金請求ができないとしました。

 現行法には、代理権の濫用について定めた条文はありませんでしたが、改正法は、上記の判例法理を明文化したものといえます。
 もっとも、上記判例によれば、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失である場合の効果は、民法93条ただし書によって“無効”になることに対して、改正法では、“無権代理”とみなされていますので、この点は、上記の判例法理からの変更点です。
 その結果、改正法の下では、本人Yは、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合でも、濫用行為を追認して、その効果を自らに帰属させることができることになりました(改正法113条)。本人があえて濫用行為を追認するというのは想定しにくいですが、例えば、事後的に濫用の状況が是正される等して、結果的に濫用行為が本人に有利になったような場合には、本人はこれを追認して、自らに効果帰属させることができるということで、本人の選択肢が広がったといえるでしょう。
 また、相手方Xが代理人Aの濫用の意図について悪意又は有過失である場合であって、かつ、本人Yによる追認がなされない場合、相手方Xは、代理人Aに対して、履行請求又は損害賠償請求を行うことができる(改正法117条)ことになりました(ただし、相手方が代理権の濫用について悪意であった場合、無権代理人の責任追及はできません(同条2項1号)。)。現行法の下では、代理人に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)か、不当利得返還請求(民法703条)を行うことになりますが、改正法の下では、これに加えて、改正法117条に基づく履行請求又は同条に基づく損害賠償請求も可能となります。改正法117条に基づく無権代理人の責任は無過失責任であるため、相手方としても、被害回復の選択肢が広がったといえるでしょう。

 なお、上記判例が、相手方が代理人の濫用の意図について悪意又は有過失の場合に無効としたことに対しては、軽過失でも無効となりうることは取引の安全を害するとして、改正に当たって、無権代理となる場合について「悪意又は重過失」とすることも検討されましたが、最終的には、上記判例法理に合わせることとなりました。この点については、過失の認定・評価を通じて柔軟な解決を図ることが可能であるとの指摘を踏まえたものと説明されていますが、「今後の実務においては、同条の過失は限りなく重過失に近いものとして解釈されるべきである」(日本弁護士連合会編著『実務解説改正債権法』38頁(弘文堂、2017))、「裁判所は、あまり広く過失を認めるべきではない」(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』431頁(有斐閣、2017))との指摘がなされています。

3 代表権の濫用

 代理権の濫用ではなく、会社の代表取締役などの代表者が代表権を濫用した場合(例えば、借り入れた金銭を着服する目的で代表者として借入れをした場合など)についても、判例最判昭和38年9月5日民集17巻8号909頁)は、「株式会社の代表取締役が、自己の利益のため表面上会社の代表者として法律行為をなした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知りまたは知り得べきものであつたときは、民法九三条但書の規定を類推し、右の法律行為はその効力を生じない」とし、代理権の濫用と同一の扱いとしていました。
 そのため、改正後は、代表権の濫用についても、改正法107条が適用され、相手方が代表者の濫用の意図について悪意又は有過失である場合には、無権代理とみなされることなります。
 なお、代表権の濫用の場合、濫用の意図について悪意又は有過失である相手方であっても、重過失ではない場合には(最判昭和44年11月21日判時577号65頁等)、別途、会社に対して会社法350条に基づく損害賠償請求を行う余地があることに注意が必要です。なぜなら、代表権の濫用によって相手方に損害を与えた場合、代表者には民法709条に基づく不法行為が成立する場合が多く、その場合、会社には、会社法350条の責任が生じ得るからです。

(弁護士 西岡 祐介)